私のリコネクション1

最近、クズネッツの波ぐらい長い一つの気づきのサイクルが終わりました

感覚的に言うと「過去の清算と、源へのリコネクション」

そして新しいサイクルの始まり


ちなみに、私が最初の一瞥体験をしたのは今から27年前です

突然「全ては幻想だ。今お前は夢の中にいる。そしてこの夢の中には誰もいない」、「お前は五感を使ってこの世界を確かめるかもしれない。そして、音、視界、匂い、味覚、手触りを確認して上で、現実は確かにここにある言うかもしれない。しかし、実はお前の知らない感覚がある。お前の世界は限定されたものだ。」

このメッセージは心に響き、私はこれが正しいことを確信しました

ナイナイ野郎(非二元様)からのメッセージだったのです

一方で、当惑もしました

「もしこの世界が幻想というならそれをどうやって確かめる?自分の作り上げた幻想の中で、これはあなたの幻想だと教えてくれる人を探すのだろうか?そして僕はそれを信じるのだろうか?全部自分の夢だったとしたら、自分の夢の中の情報に何の意味がある?」

高校時代より、思想や禅には興味があって、関係する本を読んでいましたが、当時こんなことを書いている本には出会ったことがありませんでした

この経験自身はインパクトの強いものでした

しかしそこから探究をすることはありませんでした

夢の中で夢を見破る方法が見当たらなかったからです

もう少し正直に言うと、幻想を捨てる勇気がなかったからです

そして、皮肉なことに、ここから約15年間、もっと自我を強くする方向に人生は流れていきました


もし、27年前に、この世界は幻想だという言葉をただそのまま信じ、言葉の通りに生きていたら、どうなっただろう?

こんな”もしも”は確かめようもありませんが、それはそれで荊の道であったかもしれないと思います

当時は今と違って、こんな話をする人は皆無でしたから、理解されない苦しみを味わったことと思います

その意味では自分は、ちょうどよく生きたのかもしれません

こんな中途半端さを思う時、「お前はお前でちょうどいい」という良寛の言葉が思い出されます


つづきます


何か感じることがありましたでしょうか?もし何か感じることが出来たらお互いに大成功です。それを言葉にせずにそのままにしておいてください。言葉や理解、そして変化は後から勝手にあなたを追いかけてきます

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中野温泉

いま世間?ではナイナイ野郎(非二元様)の話が主流化しています

こういう理解が市民権を得ているのは素晴らしいと思います

一方で、正しくメッセージが伝えられているかどうか???でもあります


常々、非二元ナイナイ野郎とは手品の種明かしのようなものだと思っていました

手品がうまくできず困っていた者にとっては、救いの朗報となることもあります

しかし一方で、手品師としての人生が続くことも事実です


ナイナイ野郎のメッセージは、不意の一撃としてはとても有効です

しかし、幻想の中にいようが、幻想から覚めていようが、人生を生きていくことに違いはありません

もちろん、生き方の質が変わることは大きな違いです


一撃にとどまらず、アジャシャンティ、ティモシー・フリークのように、ナイナイ野郎を体得したうえで人生をとらえたり、相手の人生の中まで下りていって救いの手を差し伸べるやり方はとても大切だと思います

もちろん日本にも素晴らしい方がいらっしゃいます


鳥取に癒しに効く中野温泉があります

中野真作さんという方が経営されています

ご本人からの源泉かけ流しのため一軒だけです

私自身、長期間の山籠もりの瞑想の後で、お世話になりました

skeypeでの入浴も受け付けています(着衣のままで大丈夫です)

中野さんは訪問者をありのままを受け止めてくれます

また、入浴セッションの中で、沈黙の時間と、そこで起こる共鳴を大切にしています

言葉を超えた共振の中でより多くの変容が起こります(もちろん言葉もその助けになりますが)

そして静かに癒されていきます

癒し以外の効能に気が付くのは数日後です

ですから、その場で気づきを得ようと焦らないのが入浴のコツです

最近、東京、大阪でも再開されたようです

このブログでいっている引き算の法則がピンとくる方はぜひ受けてみてください


次回のブログに書こうと思いますが、25年以上前、私も中野さんとほとんど同じころ一瞥の体験をしました

中野さんはそれ以降、一瞥に導かれた道を進まれました

一方、私は人ごみに押し流されるように社会人としての道を進みました

もしあの時、一瞥に確信を持っていたなら、中野さんのような人生を歩いたのかな?とふと思います

最近、人生の一つの気づきのサイクルが終わりましたが、そんな中、中野さんに出会えたのは、私にとって一つの奇跡だったかもしれないと思っています


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いまにある

幕末、多くの外国人が日本を訪れ、紀行記を残しています

ほとんどは日本の文化の高さ、民度の高さなどにつての驚きを記述しています

そしてなにより、庶民の子供たちが屈託なく良く笑うと書いてあるものもあります

また、江戸時代の人は「宵越しの金は待たない」ともいわれていました

つまり稼いだお金はパッと使ってしまうということです

現代人よりも、いまにいきる、ということに上手だったのではないかと思います


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再創造

一度目覚めの道を歩き始めた人が後戻りすることはないといいます

それは生まれる前にいたところに戻ろうとする本能だからだと思います

しかしただ戻ろうとしているのではありません

制約のある3次元の中で覚醒しようとしているのです

これって本当にすごいことだと思います

本来の姿に気づくだけでなく

気づいたことのパワーがすぐさま3次元の状況を変化させてしまうのですから

等しく再創造の機会が与えられているのです

今の生活を楽しむのよもし、もしも、再創造するのもよし

今あるがままで間違っていません


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無欲

昨日に続き「覚醒の炎」からの抜粋です

「あなたが何も望まず、何も頼まなければ、そのとき神はあなたがどこへ行こうとそのあとをついて歩くのだ。あなたが何をしようと、どこへ行こうと、彼は常にそこにいる。何も頼んではならない。何も望んではならない。そうすればすべてはあなたに与えられるであろう。」

イソップ寓話の「金の斧、銀の斧」と同じことを言ってますね

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