宇宙への回帰

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おはようございます
今日もここに来てくれてありがとうございます

アドベンチャーものの映画なんかでよくありますが、
有形のお宝を探し求めて、(それが得られたかどうかは映画によって違いますが)、形なきもの、例えば愛とか友情とか親子の絆とか、が本当の宝だったというのは割とよくあるストーリーではないかと思います

見ている側の観客も、そんな結末に納得、感動する場合が多いと思います
カタチあるものを求めて、カタチなきものの意味を知る
これがこの星に生まれた目的だということに、どこかで気づいているからだと思います

カタチなきお宝、それは生まれる前から知っていたもの
そして、死んだときに持って帰れるもの

カタチあるお宝のみを求め続けると
カタチなきお宝を得ることはできません
この世を知ることはできるかもしれませんが
あの世を知ることはできません

この世からあの世を覗くことができたとき、宇宙は認識され、宇宙は進化します

宇宙は自らを知るために、世界を創りました

子供は成長する中で、その自我の形成のなかで、カタチある何かを作っていきます
もしそれが親や社会の尺度にかなっていれば成功と呼ばれます
しかし、いつかはそのカタチあるものの裏側にある意味を知る時期が来ます
なぜならそれは生まれてきた目的だからです
何かのきっかけ、年齢、失敗、満足、飽きることなど、によって自我の解体を始めます
このプロセスは悟りへ道と呼ばれます
解体する気づきが成功とよばれるようになります

言い換えると、前半戦は小我の確立であり、後半戦は大我への回帰、ということです

人生の前半戦と後半戦は両方必要なものですが
その組み合わせ方は人それぞれだと思います
一昔の人は、死の直前に後半戦に入った人が多いと思います
でも、最近は随分若い段階から後半戦に入っているように思えます

今もし何か苦しいことがあるとすれば、カタチあるものの裏側にあるカタチなきものを知るためのプロセスが始まっていると考えるのがいいと思います

 

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