月を指す指は月ではない

こんばんは
今日もここに来ていただきありがとうございます

先日のセッションの好転反応と、グランドクロスの影響か、頭痛、肩こり、発熱、咳など結構ヘビーな日でした

ご存知の方も多いと思いますが「月を指す指は月ではない」とはお釈迦様が言われた言葉です
悟りを語る言葉自体を捕まえすぎてはいけない
それらは悟りそのものではなく
悟りを示す道しるべに過ぎない
指の先にある月を見つけなさい
etc.

悟りへの道しるべも人によってまた違います
マスターが同じでも、弟子によって教えの内容が大きく違うことがあります
むしろ、弟子の理解の度合いにかかわず、同じことを教える方が問題だといえます

例えば、
初めてのうちは、「運命は自分で作るもの」と伝えた方がいいかもしれませんが
悟りの一瞥に触れたたことがあるなら、「運命はすべて決まっている」といっても納得がいくかもしれません
しかし、しばらくすると「運命は決まっているともいえるし、決まっていないともいえる」といった方がいいかもしれません
理解の度合いによって展開される現実が変わる、というのがこの世界の法則です

山登りでも、登山ルートが違えば、同じ頂上を目指しても案内は全く違うものになります
また、同じルートをたどっていても、1合目の案内のされ方と、8合目の案内のされ方は全く違います
1合目では「立て看板に従って進んでください。ところどことにいたずら書きがされていますが、壁や岩に書かれたことを真に受けていけません」と案内されたとします
しかし、登山も進み急峻な岩場になった8合目では「立て看板はありません。進むべき方向が岩に矢印でスプレーされていますから、それに従ってください」といわれます
標高によって、案内のされ方は全く違います

登山の場合は、それでも問題が起こらないのは、ルートの違う人、違う高さの人は物理的に違う場所いますから、同じ場所にさえいれば意見が食い違うことがありません
みんな仲良く頂上を目指せます

しかし、精神世界の場合、違う宗教、信仰、考えの人
信じる内容が同じでも、違う進み具合の人が、一斉に同じ場所にいるということは珍しくありませんしむしろ普通です

いろいろな方向を指さして、「月はあそこだ」と言っているわけです
みんな正しいかもしれませんが言っていることは食い違っています

そんな場合、何より自分の直感を信じることだと思います

このブログでも、納得のできる話もあればそうでない話もあると思います

直感で判断しかねた場合は、コメント欄に質問していただければ出来るだけ回答させていただきたいと思います

是非お気軽にご質問ください


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