お前はお前でちょうどいい 良寛 (ストーリー2)

この前の日記で「お前はお前で丁度いい」という言葉を使って内観する方法を書きました
これは無駄にエネルギーを使わずに浄化を進めるのに役立ちます

もしもこの方法を使わずに、心と脳の妄想に任せたとするとどうなるでしょう?

その場合、心配事が自分の中でかってに大きくなり、何か行動を起こさずには要られなくなります

自分が行動を起こすということは必ずそれに巻き込まれる誰かがいます
相手のために良かれと思って何かをやっても、自分の思ったような反応が相手から得られない場合もあります
口論になるかもしれません
長い長い口論の末に疲れ果てた頃、その口論は終わります
口論が終わった頃、仕掛けた本人はこう思います
「あれ、この喧嘩の原因は何だっけ?」

内観の道でも、口論とうい道を選んでも、得られる結果は同じです
それは、一番初めに心に浮かんだ"心配"がなくなったということです

もちろん内観の方が、無駄なエネルギーも使いませんし、新しいカルマも生み出しません

しかし、もしも口論してしまってもそんな経験を許してあげましょう
それも自分に必要な人生経験だったんです
そして、こう言いましょう「お前はお前で丁度いい」


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