Two Hats -深まる「気づき」と広がる「驚き」- 

ここを訪問していただき頂きありがとうございます
ところで、ここを訪問していただく方には猫のブログを書いておられる方が多くいらっしゃいます
飼ってはいませんが私も大の猫好きです。もしかするとブログの文字からマタタビの匂いがもれてますか?
王様のような振舞と、したり顔(悟り顔)、と思っていると非常に愛くるしいという。その上、瞑想?(お昼ね)大好き。まさに「宇宙のパラドックス」の一つです
だからでしょうか、古代エジプト人は猫を神として崇拝していました

(いつもの話に戻ります)
内なる世界を観照する

これが悟りにつながる気づきをもたらします


ところで、「気づき」という言葉ですが

辞書には「これまで見落としていたことや問題点を知ること」とあります

今まで知っていた物事に対して、違う側面を認識する、もしくはより深いところで理解をするということですね

言い換えるなら、「気づきとは深まる行為」です

気づきが起こると、普段何気なく見ていた景色がとてもきれいに見えるとか、すでに持っていたものの価値を見直すとか、そんなことが起こると思います

味わいが深まるような感じです

昔の理解も間違ってはいないけど、今のこの瞬間のこの感覚はそれとは別」という感じで

しかし、ちょっとした見方の違いで理解、価値観が変わる、そんな「気づき」は他の人から見るとわかりにくい行為です

気づきの経験を人に話してたことありませんか?

そのとき、「それがどうしたの?」的な冷たい反応をされませんでした?

自分の高揚感に対して、さめきている相手を見ると、せっかくの気づきが台無しになった気がしますonz

でもしかたありません、他人には自分の内面で起こった気づきの繊細さが伝わらないんです

なぜなら他人は、その人の理解で物事を見ているからです

他人は(猫のように?)本当に違う世界に生きています

同じような経験をしていない限り、わからなくて当然といったほうが良いでしょう


では「驚き」という言葉と比較してみましょう

驚きとは、新しいものを知ったときのショックです

「えーそうなの、知らなかったー」的な

同じく言い換えるなら、「驚きとは広がる行為」です

ですから、広がった部分の知識は、他人に説明しやすく、また共有しやすいところがあります


知らなかったことを伝えるのは簡単ですが、以前とは違った受け止め方、反応をするようになったというような変化、変容はとても重要にもかかわらず、とても伝えにくいことです

気づきはとても繊細です

「なんか違う」としかいえないような

また、深く深く入っても、広く広くは拡散しない

それゆえ、悟りへの道も説明したりされたり、そしてそれを共有しにくくなります

しかし、積み重ねられた気づきは、不動の姿をとって現れ始めます

次回、「なぜ気づくだけでいいのか?」につづきます


(ちゃぶ台返しが迷惑な人はここから先は読んではいけない)

せっかく、「気づき」と「驚き」の違いを説明したところですが

お互い極めれば通じるということも書いておきたいと思います

例えば、不動に至った「気づき」、もしくは熟成された「気づき」は、「驚き」にも通じます

深く深く掘り下げられた気づききは、まったく予期しない別なところから現れ、結果的に広がりを持った驚きに変わります

違う場所に出くわす驚きが起こったとき、一つの「気づき」のプロセスは完結します

量子力学ではブラックホールに吸い込まれた素粒子は、別な次元(パラレルワールド)のホワイトホールから放出されると考えています

それと同じですね


何か感じることがありましたでしょうか?もし何か感じることが出来たらお互いに大成功です。それを言葉にせずにそのままにしておいてください。言葉や理解、そして変化は後から勝手にあなたを追いかけてきます


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