Two Hats -悟り=清貧なのか?(後編) 手放す恐怖- 

いよいよ本題の、「悟り=清貧」なのかどうかについて書いてみようと思います

悟りを求める時に、「悟り=清貧」という恐れに出会うことがないとは言えないかもしれません

もう少し正直に言うと、そういう時期はあると思います

”気づき”が進んでいくと、自分が思っている以上に手放していくことが必要になるからです

その時、恐怖が襲ってきてます

「手放して大丈夫だろうか?そして、いったいどこまで落ちていくんだろう」と怖気づきます

自我を落とすことの恐怖を感じます

自我の最後の抵抗といっても良いかもしれません

引き返したくなります

崖から一歩外に踏み出すような気持ちです

でも踏みさしてみると、ガラスの床があって大丈夫だった見たいな。。。


怖くても、”後戻りできない道”です

自分で進めなくても、手放すための出来事がただ起こってくるからです


(どうせ後戻りできない道ですから、ここまで来たら続きも読んでみましょう)


気づきのプロセスが一巡する最後の段階が一番つらいと言えるかもしれません

しかし、自我がを作り出そうとする立場から、自我が人生に従う立場になると、大逆転が起こります

「フォレスト・ガンプ」という映画を見たことがありますか?

ガンプはアラバマ州の方言で、「うすのろ」「間抜け」「愚か者」の意だそうです

ガンプは知能指数の低い少年で、高校になるまでいじめの対象になります

しかし、彼はいつも目の前のことに対して100%正直であり、全力で現実に尽くす人でした

成長するにつれその純粋さは、数々の成功、名誉、富を引き付けていきます

このマジックの理由は、彼が全てを受け入れる「内なる世界」と「外との世界」に差のない人、つまり悟った人だったからといえます

それゆえ、フォレスト・ガンプはすべてを祝福として具現化できたのです


悟った人=清貧

悟った人=あらゆるものを受け取ることのできる人


が本当です

色即是空、空即是色を
この場に合わせていえば「自我を天に帰し、そして全てを天から与えられなさ


自我が一歩引き下がり、”人生”を運転席に座らせる勇気があれば大丈夫です



何か感じることがありましたでしょうか?もし何か感じることが出来たらお互いに大成功です。それを言葉にせずにそのままにしておいてください。言葉や理解、そして変化は後から勝手にあなたを追いかけてきます


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