捨てる神あれば拾う神あり (アカシックレコードは福神漬け)

古い政府は新しい政府によって悪く書かれるというのは歴史のバイアスとしてよくあることです

政府に限らず、今問題となっている朝日新聞のような例もあります

しかしようやっと近年になって江戸時代が見直されるようになってきました

いま日本が文化として発信し誇れるものの多くは、江戸時代のもです

10年以上前ですが、江戸時代が気になって調べていたことがあります

浮世絵は西洋絵画界を震撼させ、特に印象派の画家たちには大きな影響を与えました
(浮世絵がなければ印象派の絵画は、今とは違った形になっていたことと思います。それほど大きなインパクトを与えたのです)

20世紀前半の空前のジャポニズムがあったのです

ジャポニズムがなければティファニーはなかったといっても言い過ぎではないかもしれません

しかし残念ながら、第一次世界大戦の勃発によって、ジャポニズムは政治的に封じ込められ記憶共々消されてしまいます



江戸時代は究極のリサイクル社会でした

いろいろ話はありますが、一つだけスピ話につながりそうなものを紹介させていただきたいと思います

江戸時代末期、農民は使い物にならない(売れない食べられない)野菜を川に捨てていました(実は豊たっだんです)

そうすると、川下でその野菜を拾い集めて利用する人が出てきました

拾い集めた人は、そのままでは食べられないので、味を付けて、ぐつぐつと煮込みました

それは大評判となり、その人は大きな財を成したと言います

その煮込んで売られた野菜の名前は「福神漬け」です

拾ったものに神の名前を付ける

何とも大胆ですが、全ては神であるという八百万の精神が捨てられた野菜に宿ったのかもしれません



捨てる神あれば拾う神あり



ここ数日で、サレンダーの話を書きましたが、サレンダーとは自我を捨てることです

この捨てられた自我は、神の手によってアカシックレコードに記憶されます

使い物にならない自我は捨てた瞬間に神に拾われ神の記録として生まれ変わります

アカシックレコードは福神漬と同じです

無駄にされるものは何もありません



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