らせん階段

気づきは着ては去り、また着ては去って行きます

振り子のようにゆれているようですが

らせん階段のように上っています

一度、この道を歩み始めると、後戻りする人は一人もいないそうです

このブログを読んでいただいている方は間違いなくそうです


”身を捨てて”、ここだと思った”浮かぶ瀬”から、また自我の流れにもまれ流れていき、もう一度”身を捨て”、”浮かぶ瀬”にたどりつきます

果てしのない繰り返しですが、その繰り返しを見ている自分に気が付きます

そして、なすがままに任せられたときに、視点が一段上に上がります

そうやってゆれながら、地球を外から眺めるような存在になっていきます


まっすぐ進むより、揺れているのが正解です


宇宙理論では

まっすぐ、まっすぐ前に進んで行くと、元いた場所の後ろから現れることになるそうです

たしか、ホーキンスだったと思います

揺れているようで上に登るらせん階段

まっすぐ進んでいるようで、後ろから戻ってくる宇宙空間


命(神)というのは理解を超えています

だから、思考を使わず、あるがままでいるほうが、宇宙の理論と一致できるのです

これを引き寄せといいます


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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(その3)

我々が一律に教えられる成功のルールは、個人よりも社会にとって都合のいい考え方です

これまでは社会を発展させることを第一優先してきましたが、これからは今の文明に精神が追いついて行かないといけない時代です

無理をしなくとも、人から搾取をしなくとも、人間性を尊重しながらも、今の文明、経済、社会活動を維持できるような、社会と精神性のバランスが必要です

日本は、精神的な理解が非常に深いにもかかくわらず、社会への束縛も以上に強い国です

正反対の方向へ向かう力によって股さき状態です


その意味では、今の日本人には非常に大きなストレスがかかていると言えます

しかし、だからこそ、その両方をバランスさせる意味があるのです

そんなやりがいのあることにチャレンジしているのです

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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(その2)

空也上人の「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉を昨日紹介いたしました

悟りを開いた人、もしくは道をを極めた人というのは社会の一般常識になっているるルールとは反対のことを言っているのが多い思います

一般的な”成功するための”社会常識は、目標を持って、計画をたてて、計画に沿って努力して、我慢して、上の言うことには従って、今日よりも明日のことを考えて

我々が一律に教えられる成功のルールは、自分をがんじがらめにするようなルールがほとんどです

これは、個人よりも社会にとって都合のいい考え方だということに気づく必要があります

それは、社会にとって都合のいいことが、個人個人にとっていいことだと、すり替えられてマインドにすり込まれていますから簡単には抜けません


しかし、ここで大事なのは、個人の覚醒を目指して、そんな社会と戦うということではありません

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」というような、社会のルールを飛び越えるような経験が出来たときに、気づきが起がおこり、

(そしてもっと大事なのは)、気づきが起こった時に、その問題だった社会が消えるということです


人生はパラドックスになっているからです

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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

昨日申し上げましたが、人のせいに出来なくなると、否定的なことを考えなくなります

だからと言って、もちろん、自分を責めるということではありません

これは、自分の潜在意識から解き放たれた、今回の人生で体験ししようと決めてきた運命/宿命だと思うようにします

こう思うことによるもう一つのメリットは、思考が止まるということです

思考が止まると、文明運命として体験すると決めてきた出来事がすばやく終了していきます

それはネガティブな思考を使わないことで、出来事が悪化しないことと、思考を使わないことによって感じることが出来る。すなわち観測者になることが出来るからです

出来事は観測され、潜在意識を通じて天に報告されれ、そしてそれは満足され閉じていきます



「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉があります

次の空也上人の言葉をもとに作られたものだそうです

「山あいの川を流れてきたトチの実は、自分から川に身を投げたからこそやがては浮かび上がり、こうして広い下流に到達することができたのだ」


この成功法則は理屈では説明できません

体験していくより他ないのです

ですからすべての一見つらいことに見える体験は神からのギフトなのです

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全部自分

全部自分が招いたこと

この世は自分の意識(顕在、潜在意識)の反映

この世は自分の写し鏡

こうやって生きていくと言い訳が出来なくなります

人のせいにしたいこと、本当に自分が被害者だと思えるようなことが起こっても、これはどこか潜在意識の深い部分のプログラムが浮き上がって現実化しただけだ

起こるべくして起こったんだと考えるようにします

これも何か必要なことだったのだと思うようにします


そうすると、人のせいにしたり人のことを恨んだりできなくなります

人のせいに出来なくなると、否定的なことを考えなくなります

不思議ですね

そうすると残りの時間はポジティブなことに使えるようになり、引寄せがうまく働きやすくなります



人を責めるためなら延々と否定的なことを考えてしまいがちです

しかし潜在意識には主語がありません

ですから、自分の考えた否定的なことが全部自分に戻ってきてしまいます(人を呪わば穴二つ)

このようなネガティブな循環を止めるのは”全部自分”という言葉です

そんな大バカになることが救われる道です

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どこまで科学かわからなくても、どこまでも自分

「この世は自分の意識(顕在、潜在意識)の反映だ」と思いきることが出来れば、すごく早く思ったことが引き寄せられるようになります

嫌なことや失敗が起こった時に、これは自分の引き寄せたものだ

と(初めのうちはやせ我慢でも)思うことが出来れば、ものすごく丹田が出来てきます

そうすると、願いに対する集中力と確信がパンパなくなります



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どこまでが科学?

引寄せにまつわる話です


スポーツ選手はイメージトレーニングをします

体の動きと思考や理論の間にはギャップがあるので、それをイメージで補っています

この場合、全てを科学では説明できませんが、一人の人間の脳の中の作業で納まっていると説明されればそうかなと思います

次に成功法則です

自分の行動をポジティブにし、相手からもポジティブな反応を引き出そうというとしたり、目標をビジュアル化することで自己のモチベーションを上げるやり方です

まだこの段階では、神頼み的な要素は少ないです

更に進んだ成功法則では、潜在意識に働きかけて、その潜在意識を通じて他人の力を借りようとします

この段階になると、科学は全く追いついてきていませんが、多くの人の成功体験として信じられています

これがさらに進むと、この世は自分の写し鏡であるとか、この世は自分のカルマ/DNAが映し出す映像に過ぎない
心の持ちようで映画は変わっていくきます

ここまで来るとどっぷりと精神世界に入っています


更に進めば、全ては自分、ワンネスという段階に至ります


引寄せの段階が進むにつれて、引寄せる力は大きくなります

しかしその一方で、今持っているもので十分幸を感じられるようにもなっています




人は”願いを叶える”というプロセスを通じて魂を磨いていくんだなと思います


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フレーム(仮面)外しの念力

昨日の続きですが、人はいろいろなフレーム(仮面)を用意して使い分けたり、条件反射的に付け替えたりしています

それは社会の中に適合するうえでは必要な手段だといえます

一方で、そんなフレームは他人から便利に利用されたりすることがあります

また、自分で自分の限界を作ることにもなります


人に向上意識がある限り、もしくは、本当の自分に帰りたいという欲求がある限り、そんなフレーム(仮面)を外さなければなりません


それを外すには2つ条件があります

一つ目は、もうそのフレーム(仮面)が嫌になっていること

二つ目は、念力を使うことです



普段使っているフレーム(仮面)は、あることにさえ気づかないくらいになっています

それを嫌いになることで、フレーム(仮面)が浮き上がります

そして気づいた違和感を、念力で見つ消します

念力で見つめるというのは言葉を使わずに観察する(感じ続ける)ということです

難しくはありません

「これはなんだ」とか「あった」とか「どこから来た?」と同じ言葉を繰り返すくらいの言葉なら構いません

しかし見つけたものを、言葉で解説してはいけません

言葉で理解し始めると思考のトラップにはまり、フレーム(仮面)は九死に一生を得て生き残ります


心の中には2つの主体があります

悪魔は言葉を使い

天使は(言葉を超えた)眼力を使います

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定義された自分

ほとんどの場合、定義された自分を持ち歩いています

仕事のできる自分、競争に負けない自分、人には欠点を見せないようにする自分
いろんな自分があります

いつも自己定義というフレーム枠に、押し込める、もしくは引き延ばしていると、フレームを外すのがとても怖くなってしまいます

そのうち、フレームを付けていることさ忘れてしまいます

しかし、このフレームは自分をくたくたにするくらい疲れさせてしまうものです


フレームを外すと無防備になって傷つきやすくなりますが

その傷ついて痛むのは、本当の自分ではなくて、フレームがなくては生きていけなかったエゴです

思考がつくったフレームが守っていたのは、魂の進化を妨げていたエゴです


自分を定義しなくても、起こることは勝手に起こっていきます

死にはしません

それどころか、エゴに覆い隠された本心を知ると大きなエネルギーを手にすることが出来ます

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雑念

朝と晩に必ず瞑想しています

でも雑念は出てきます

でもしれでいいのです

ただ雑念が過ぎ去って行くのを待つだけです


以前お話したアティーシャの呼吸法ですがこれを瞑想中にやるととても効果があるということがわかりました

アティーシャの呼吸法の根底にあるものは、昨日お話ししたことと同じですが

「全ては自分(顕在意識と潜在意識)の選択であり、この世は自分の映し鏡でだ」

ということです

これが腑に落ちるなら、過去・現在・未来における世界の生きとし生ける物の不幸を吸い込むことに抵抗はなくなります

そしてこのエクササイズの後に、爽快感を感じられれば

自分自身が錬金術の中心にいるのだと理解できます

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受け取る練習

OSHOの言葉です

もし人生の秘密もメカニズムを知ったなら
あなたは、それが何であれ自分の得たものは
いつかどこかで、過去のなんらかの時点で
自分が選んだということを知るだろう


OSHOの言葉のように、全ては自分(顕在意識と潜在意識)の選択です
いまここで起こることを受け止めることで、大きな気づきと浄化があります

自分にはなぜそうなるのか因果関係はわからな
しかし、現実を受け止めることが出来れば
今いる次元からジャンプできます

でももしも、何でも思考でつじつまを合わせようとすると
思考の蜘蛛の巣から逃れることはできません
思考の蜘蛛の巣は自分の記憶の産物です

説明のつかないことを受け入れる度量があれば、説明のつかないような奇跡は起こるということです

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空(くう)の模擬体験

何かを達成したときに感じる全てが溶け合った感じ
それまでの苦労も、悲しみも、喜びと一つになって溶け合っていく瞬間

高揚感が、だんだんと静かに、そして普通なっていく

しかし、確かな進歩の感覚は残る
達成したことが、血や肉になったという感覚

達成を得た瞬間に、一つのストーリーが言葉にならない”自分にとっての何か”に変わるたっとき
それは小さな”空(くう)”の体験


同じことが人生のスケールで起これば覚醒といい

地球の規模で起こればアセンション

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変わらないもの、変わるもの

地球

ずっと昔から変わらない自分に気づいています
それは観照者と言われているもの
真我でもあります

消えていくもの
出来事に対する反応です
過去の記憶、カルマが出来事に対して感情を与えます
カルマの浄化に伴い、感情的な反応は減っていきます
五井昌久さんが、人とは消えゆく存在といったのは、この事実です

変わっていくもの
心のおしゃべりの内容は変わります
それは思考の変化(魂の進歩)と一緒に変わります

変わるもの、消えていくもの、変わらないもの、人生の仕組み

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発明と悟り

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有名なトーマスエジソンの言葉に、「天才は1%のひらめきと99%の汗」 という言葉があります
実はこれは誤訳であり、この表現の本当の意味は「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」
ということらいいです

では本当の意味の方を使って、発明と悟りを比べてみたいと思います

ご存じのとおり、悟りも〇〇をやったら必ず開けるというものではありません
これだけの荒行をやったから、これだけの知識を得たからと言って、悟りを開くことは保証されていません
最後の1%を待てずに途中であきらめてしまう人は少なからすいます

しかし、発明と同じく、この99%の努力がないと達成できないのも事実です

悟りにおける「1%のひらめき」とはなんでしょうか?

これは人によって様々です
獅子脅しの「こーん」という音だったり、トイレに行ったときだったり、何気なく友達が発した言葉だったり、挫折を受け入れた瞬間だったり、全てを投げ捨てサレンダーした瞬間だったりします

コツコツとやれることをやってテンパってると、ちょっとした弾みが「1%のひらめき」になります

アインシュタインは「いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない」といいました

最後の1%が違う次元に連れて行ってくれる

悟りとは人生を題材にした発明品です

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愛は勝つ

OSHOの言葉です
「世の中で最も柔らかいものが、最も堅いものを通り抜ける」

外側の世界で最もやわらかいものとは、水だと言います

そして内側の世界では、愛だと言います

水と愛は数えきれないほどの共通点があります

惜しみなく、分け隔てなく、見返りを期待せずに降りそそぐもの

それが水の本質であり、真の愛です

明治天皇御製の歌に

「器には従いながら岩金も通すは水の力なりけり」

というのがあります

最後に勝つのは水のような愛ですね

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ヒーリングミュージック

ヒーリングミュージックは好きでいろいろと聞きます

クリスタルボールのものから、マントラを入れたもの、インストゥルメンタルなものいろいろです

CDはその時のフィーリングに一番マッチしたものを選びます

何年も聞いていると、そのCDの効果もだんだんわかってきます


聞いているときに、非常に心地いいヒーリングミュージックはいくつもありますが

聞いた後に、確実に波動を高めてくれるのはなんといっても




モーツアルト



聞いているときは、正直、あまり心に響かないんですけど

聞いた後は、確実にエネルギーと波動が高まります

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ゼロの日

今日はゼロの日という感じです

過去と未来が今日という日のブラックボックスに吸い取られたようなゼロの日です

何も感じない

未来を思うといろいろな楽しいことが飛び出してきそうですが、そのふたを開けずにいます

静寂が邪魔されないよう


手袋をひっくり返すような感じ

姿かたちは変わらないけど、表の世界と裏の世界がひっくり返える

大きな変容

秀吉と老子(その4)

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秀吉の道と、老子の道の比較をしてきましたが、このシリーズの最後に、OSHOが語っていました西洋と東洋の面白い比較について紹介したいと思います

西洋ではスピリチュアルワークをするときに、息を吐く時は、自分の不幸と否定的な考えをすべて吐き出し、そして吸うときは喜びや幸福などをすべて吸い込みます

アティーシャ(チベットで活躍したインドの仏教僧)のやり方は全く逆だと言います

息を吸うときは、過去・現在・未来における世界の生きとし生ける物の不幸を吸い込み、そして吐くときは、あなたの全ての喜び、全ての幸せを吐き出しなさいと言います

OSHOは言います「そしてやってみると、あなたは驚くだろう。自分の内側に世界の全ての苦しみを受け入れると、たちまちそれは苦しみではなくなる。ハートは即座にエネルギーを変容させる。ハートはエネルギーを変容させる力だ。不幸を吸い込みなさい。すると至福に変容される。そうして、それを吐き出しなさい。」と



良いものを吸い込み悪いものを吐き出す西洋的ワークでは、どこまで行っても二元論から自由になれません
どれだけワークしようとも、善と悪の区別は残りますから、考と不幸は、糾う縄のごとく入れ替わります

息を吸うときに、不幸を吸い込み、そして吐くときは、喜び、幸せを吐き出してみます

どこか安らぎを感じませんか?

なぜなら、それがサレンダーであり、帰依であり、一つの悟りだからです

そして二元論を克服する光の錬金術です

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秀吉と老子(その3)

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老子の道(タオ)とは今にいることだといういいます
今どういるかを語るだけだと

成長というのは未来を持ち込んでいますが、道(タオ)とは今どういるかを語るだけです
もし今どういるかを知っていれば、それこそ唯一の成長の方法だといいます

道(タオ)は山登りではなく、谷に向かう川くだりです

そして、川(人生)は海(悟り)におのずとたどり着きます

川は幾度も合流をしますが、枝分かれするということはほとんどありません
川がどんなふうにに流れて行くかを心配しても、川の行く手は変わりません

ですから、川の上でどのようにくつろぐかが、タオのいう生きるということなのだと思います

秀吉は前人未到の山登りで伝説の人ととなりましが
老子は川くだりで悟りの道をひらきました

普通の人は半分登って、半分下る人生かもしれません
しかしそれも、光のジグソーパズルの重要なピースです


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秀吉と老子(その2)

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(昨日からの続きです)
秀吉はその成長体質によって天下を取りましたが、その躍動的な成功体質は天下を治めるには不向きだったといえます
むしろ我慢の家康が、天下統一後の日本の天下を治めるにふさわしかったのです

江戸時代の始まりによって、人の領地を奪って成長する戦国時代から、自分の生活をエンジョイする江戸時代に変わっていきました
(ここでは書きませんが、江戸時代の庶民の生活は諸外国と比較して、とても豊かな社会だったのです。科学技術こそ後れを取りましたが)

現代社会もまた、成長を前提とした教育と社会習慣にいながら、成長するチャンスの少ない状況が目の前に広がっています
高度化した社会システムを維持するだけでも相当のストレスがかかります

最近まで、日本の子供たちにゆとり教育が施されてきました
しかし、本当に必要なのは、子供たちへのゆとり教育ではなく、社会人へのさとり教育かもしれません


老子は、高い山を目指すより、低い谷であれ、といいいました

成功という高い山ではなく、受容という深い谷に向かえと

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秀吉と老子(その1)

モンサンミッシェル 
われわれは、過去からの継続により成長を前提とした教育と社会システムの中にいます
言い換えると、社会的、個人的な成長のために存在しているといってもいいかもしれません

しかしバブルの崩壊以降、成長しない社会に身を置かされています

成長を前提として仕組みにいながら、成長しない状況に置かれる

この矛盾が社会の重苦しさになっています

豊臣政権が滅びた理由に、秀吉の後継者の問題もありますが、もっと問題だったのは、その成長体質にあります

戦国時代は、勝てば相手の領地や財産をぶんどれたので、戦の成果も上がりました
しかし、皮肉なことに、天下統一が進むにつれ、武勲により恩賞を求める大名は増えましたが、奪い取る領地の方は減っていきました

成功体験のある武将たちの欲望は簡単には切り替えられませんでしたし、抑えることもできませんでした

成長体質にありながら成功の可能性が少ない世の中にいる、矛盾と鬱積な組織内部に向かいます

関ヶ原の戦いはこういった鬱積を一掃し、時代を切り替えた戦いだといえます

現代社会も、誰かが富を独占する形での成長体質を切り替える時期に来ています

現代における関ヶ原はアセンションと呼ばれています

アセンションするために、宇宙人や天変地異を期待する人もいますし、内観を進める人もいます

内観を進める人は、外側の現象は自己の内側の表れだという真理に基づくものです

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問題人格を武器にする(その4)

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おはようございます
ここを訪れていただきありがとうございます

昨日の続きです
まずは自我に名前をつけてみましょう
「慎重くん」、「心配性くん」、「臆病ちゃん」、「怒りマン」なんでもいいです

名前を付けることで自我から距離を置くことが出来ます
また、嫌いだと思っていた自我も活用しやすくなります

もし「臆病ちゃん」人格を持っていたとしたら問題は何でしょう?書き出してみましょう
 例えば、
 人と一緒にいるのが面倒
 新しいことにチャレンジできない
 怖くていつもチャンスを人に譲ってしまう

では、「臆病ちゃん」はどんなふうに自分を守ってくれたか考えて見ましょう?
 例えば、
 いつも静かでいられた
 心の中にある繊細な部分を守れた
 人に調子を合わせるために、嘘をつかずにすんだ

つぎに、「臆病ちゃん」は周りの人に対してどんな風に役立てることが出来るでしょう?
 例えば、
 人の気持ちが欲理解できる
 いやなことを無理強いしないで、相手の気持ちを尊重できる
 相手の本心を尊重することが出来るので、長続きする関係を保つことが出来る
 
さらに、「臆病ちゃん」は社会に対してどの世に生かしていけるでしょう?
 例えば、
 細かなところに目配りをして、いち早く対処できる
 グループの調和を取る役割を担える

すぐに何か行動を起こす必要はありません
自我に名前をつめてみて、その自我を使ってどうやって、自分を役立てていけるか想像するだけでいいのです

想像するだけでいいのです!

名前をつけて客観的に見ることでその人格に付着している、ネガティブな感情や経験を昇華させることが出来ます

そうすることが出来れば、自分では問題と思っていた人格も武器となります

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問題人格を武器にする(その3)

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こんにちは
ここを訪れていただきありがとうございます

映画マトリックスのように、覚者はこの世は幻想だといいます
全ては自分の夢であり運命であり、自分が引き寄せたものです
今起こっている問題は必要があって自分で引寄せたものだとしたら、少しずつかもしれませんが、問題を正面から受け止められるような気がしませんか?

マハラジは、人格は記憶によって組み立てられ、欲望によって喚起されるただの習慣と言いました

魂や体は、非常に高度であり、全体性のあるものです
それに対して自我は思考の束でしかありません
断片的で不完全です
ですから自我はいつも激しく自己主張します
そうしないと存在の不安を感じてしまうからです

おととい書いたのは、自分の器を大きくするために
1)面倒を見なければいけない家族や仕事の仲間を増やす
2)社会や他人のためになることをする
ということでした

昨日は、自分の嫌いな人格も、自分を守ってくれている側面があると書きました
そして、だから手放すことが出来ないともいいました
ならば、無理に引きはがさずに、活かすことを考えてみましょう

2つのことを組み合わせてみるのです

つまり、問題と思っている人格も、自分を守ることが出来るのなら、その特徴を使って、周りの人を守ることもできるし、社会や世界のために生かしていくこともできます

“問題だ”と思ってその人格に向き合うと問題が起こりますが、“長所”を見てあげることが出来れば活用していくことが出来ます

180度視点を変えて、映画のスクリーンの裏側から映画を見てみましょう

つづきます

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