コインの表と裏は同じ大きさ

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コインの大きさ、材質、形(楕円のものも、四角いのもありました)はさまざまですが
すべてのコインに共通することがひとつあります
それは裏と表の面積が必ず同じだということです

どんなに大きく輝いているコインでも、裏側にその反対の性質を抱えています
コインの表が輝いていると、他人には裏が見えませんが本人は知っています

宇宙の法則は、陰陽、善悪、喜怒哀楽相半ばします
OSHOのいうトータリティーですね

だれもが気づくときがきます、憧れ、うらやましかったあのコインも、馬鹿にしていたあのコインも
等しく壮大な宇宙のストーリーの一つだったということを





 



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悟りの瞬間

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今日はご存知の方も多いと思いますが、南北戦争の兵士(南軍)が書いたという詩を紹介させていただきたいと思います

ある無名兵士の詩
「悩める人々への銘」

大きなことを成し遂げるために 強さを与えてほしいと神に求めたのに 
謙遜を学ぶように 弱さを授かった
偉大なことができるようにと 健康を求めたのに
よりよきことをするようにと 病気を賜った
幸せになろうとして 富を求めたのに 
賢明であるようにと 貧困を授かった 
世の人々の称賛を得ようとして 力と成功を求めたのに 
得意にならないようにと 失敗を授かった 
人生を楽しむために あらゆるものを求めたのに 
あらゆるものをいつくしむために 人生(気づきの道)を授かった 
求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて 聞き届けられた 
私はもっとも豊かに祝福されたのだ

これを読むと泣けます
繰り返される挫折
でも最後にそれを幸せだたといった人生の味わい
強烈な詩ですね

注目したいのは最後の2行
それまでは悲しみを歌っているのに、ここで急に変わりますよね
私なりに理解すると
最後から2行目では、実は常に神(空、真我、etc.)とつながっていたことに気づいたということが書いてあります
そして最後の1行では悟りの至福に触れています

苦しみというのは思考ですから、延々と文章になっていきます
でも気づきは一瞬で、言葉(思考)を飛び越えますから、言葉になりません
ですから、最後はたった2行なんです

この詩に限らず、一般的に悟る前の言葉(本)は山ほど残りますが、悟った後はほとんど文字にならない

でも個人的には、この最後の2行、どのようにしてその変化が訪れたのか
それはどんな感覚だったのか?

この最後の2行で起こったことを図解で説明している人がいます
ご存知とは思いますが、雲黒斎です
世の中すごい人がいますね(世の中ではなく、あの世からのメッセージですね) 
“気づき”とは何か(その5) できれいに説明しています

この180度転換が、悟りの瞬間です
悟りがなぞなぞににていると言われるゆえんですよね
「なーんだそうだったの、なんかくやしー」

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バシャール&引き寄せ

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昨日お伝えした南軍兵士ですが、結果が意図と反対になっていたけど
最終的には悟りましたから、この兵士の究極の目的は解脱することだったということになります
小我からみれば挫折し続けましたが、大我から見れば予定通り

これと同じことをバシャールに言われたことがあります
今から1年以上前のことですが、アメリカでバシャールの公演を聞きました
一番前に座っていたので運よく質問することができました

私「なぜ願っていることと反対の結果になることがあるのでしょうか?」

バシャール「(大声で)コングラッチュレーション(おめでとう)」

私「えっ、ワクワクのやり方の違いとかとかそういうそういうことではないんですか?」

バシャール「あなたの思いは叶っているのです。。。。。。。」

そのときは、意表をつく答えで、禅僧に大声で”渇”っていわれたような感じでした


実は、願いが叶おうが叶うまいが、(神にとっては)同じ性質のものを引き寄せているんです!
神は私に、あなたにいつも必要な波動を届けているのです

神社で差し出すお賽銭にはかならず裏と表がついています
神から戻ってくるものもまたしかり

そのエネルギーを、コインの表を手の平において受け取るか、それとも裏を上に向けて受け取るかで、映し出される映像が変わるるだけのこと

どちらのほうを上にするかは、深いところで自分が決めています
その決め方はきわめて明確です
”未知なるものを体験する”です

そうはいっても人間にとっては表と裏では大違い です
神にとって同じ性質なら、表の映像を見たいのが人情

もしも、表を出したいのなら、あらかじめ裏を感じきってしまうこと
つまり、なぜそのような願い、期待、希望を持ったのかということころの源流を見つけそれを手放していくことです

 

〇〇がつらいから、○○が嫌だから、××になりたい
なぜ、〇〇がつらい、もしくはいやなのか見つめていきます
(ここでは長くなるので浄化の方法書きません。皆さんもご存じだと思います)
事前に感じてしまえば、神の手を借りて”裏”を体験をする必要はなくなります(それと間違った動機による間違った望みも消えますので、気も楽になるし寄り道もしなくて済みます)

(その2)もうひとつ大事なことは、自分のほしいものを得られたときの感動を感じられるなら、それを同じものを他の人が感じられるよう、他の人に差し上げることです
差し出すとその空いたスペースに、同じ(でもパワーアップした)エネルギーが戻ってきます
差し出すのはモノでも気持ちでもどちらでもいいのです。エネルギーが動けば

思考を使わないで願いが叶うようにすることが大事なのです
だからこそ引き寄せた結果に感動できるのです

誤解をしないでほしいのですが
ほしいものを与えるというのは、ギブアンドテークのルールではありません
思考を使わず、差し出したあとの”飢餓感”を使う方法なのです
生命のルールなので強いのです。ただし期待も手放してください(金の斧、銀の斧の悪いおじさんの方にならないように)

引き寄せの法則の本を読んでうまくいく人、いかない人の違いの”ひとつ”はこの思考か、フィーリングか、にあります。

いまここで、あなた/わたしは、今までの人生で経験していなかったことを経験しています
早く済ませたかったら感じきること
まだ続けたかったら分け与えることです



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引き寄せ(その2)

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4月1日に「思いもしないところからやってくる。。。期待をしてきょろきょろしているとその視線で変化の兆しが飛び散ってしまいます」と書きました
思考を使うと変化を受け入れるスペースがなくなっちゃう、という感じです
ん)

多くの願望には、ネガティブな傷を根っこにしていることがあります

引き寄せの法則ではこう説明されています
「金持ちになりたい」と思っていると、その願いは”お金持ちになりたいと願っている人”という形で実現されると
そのためいつまでもお金持ちにはなれない
だから「私はお金持ちだ」ってイメージしようって

でもね、この方法、自分でうそついているってわかるから、違う自分が邪魔するんです
そうじゃないと人格が分裂しちゃう
結局、どっちなのよーてっ宙ぶらりんのまま
試してみた方、そうじゃありませんでした?

それより願望の根っこを見つけて、手放すことが最短の道です
なぜお金が必要なのか、出世をしたいのか、パートナーがほしいのか?
自分のなかにその原因(理由)が、普段は触れなれないように隠されています
大体は小さなときのつらい経験、傷です

ここから方法に入ります

原因をこの願望を持ったのはなぜ?と繰り返し聞いて(感じて)みてください

言葉がうるさいようでしたら、ゆっくりとした呼吸に意識をしてください

原因が見つかったら、言葉にはせずに、ただ感じててみてください

体のどこかが痛くなるはずです

そこの部分に記憶されています

それをしばらくただ感じてみてください(あまり長く何時すぎないように)

そしてありのままそれを認めてください(あなたの目は闇を見つめる光です)

その痛みを感じることは一つの運命だったのです

ただ認めることでその運命は完了します

そのつらい経験をすることを神に頼まれていたのですが、いままでレポートせずにほっておいてしまったのです。今が手放(報告)すときです。報告すれば任務完了です)


これで終わりです

すっきりしましたか?

この浄化を行うとキットあなたの願いの質がちょっと変わったのに気が付くでしょう



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人生は2度-アセンション-(その1)

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人生は2度ある。そんな風にずっと思っていました。
最初の人生は、社会のシステムに従って生きるもので
それがひと段落したら、自分の好きなことをやって生きていく

江戸時代の人たちはそういう人が多かったようです
17年をかけて全国を測量し『大日本沿海輿地全図』を完成させた伊能忠敬はもとは商人で、隠居してから畑違いの測量に携わり偉業を成し遂げました。

ほかにも有名な浮世絵師も2度目の人生で芸術家としての花を咲かせています
そんな風に人生を謳歌した人たちがいっぱいいました

好きなことをやっているときの方が、世の中にとって大きな影響と貢献ができる
すばらしいですね
なんか今の時代にもマッチしていると思いませんか!

現代も化政文化以降の江戸時代も
次の時代への転換に向けたエネルギーがとも高まっていた時代です

このブログに来ていただいている方々も、次の展開に向けてエネルギーが高まっている方、もしくはすでに新しい人生を歩まれている方だと思います

昨年、7日間のリトリートに参加しているとき、瞑想を始めた瞬間、大きなゴシック建築の教会でl、再誕上の洗礼を受けている瞬間が飛び込んできました。そのあと大きな金色の幾何学の部屋を抜け、果てしなく続く幾何学の模様の上を飛んでいきました。自分の思考では到底想像のしようもない映像でした

脳神経外科医であるアベン・アレグザンダーが、自らの臨死体験について記した『プルーフ・オブ・ヘヴン』の中で、「人類はいま重要な局面を迎えている。。。。この世界で生を受けているうちに、より広大な知識を取り戻す必要がある」、「自分を解放し、そして、自らに備わっていながらも気付かずにいた“宇宙に合致するアイデンティティー”を引き出す必要があるということだ。宇宙は、そのようにできている」

(その2)に続きます

 



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人生は2度-アセンション-(その2)

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アモラ・クゥア・インがこの世を去ってからからもう少しで1年になります
彼女には富士山やシャスタで、ありがたいワークをしていただきました
ちなみに、アモラは1977年に余命2年の告知を受け、1979年に真の霊的な目覚めを体験し、病から回復したそうです。その後、瞑想中女神クァン・イン(観音)から「あなたは私たちの仕事をするために地球にきた、私の小さなかけらです」というメッセージを受け取ったということです

シャスタで彼女にセッションをしていただいたときに、私は「人生は2度あると感じている」と話をしました(昨日ブログに書いたことです)
その時予想外にアモラの口から「Big quest(大きな探究)」といわれました

それから8年、彼女の言ったことはホントだったなと思います
当時の私は隣のホームにある違う電車に乗り換えるくらいの気持ちでいました
それでも勇気のいることだったのです
バシャールにしても、アモラにしても偉大なるマスターのいうことは、予想外で、後になって正しいとわかります

なぜ大きな探究なのか、「悟りの瞬間」の日記に続き、また雲黒斎さんの説明を使わせていただきます

 

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ここで
第一段階はエゴを生きる段階(努力する方向)
第二段階はスピリチュアルな学びをする段階(努力する方向)
第三段階は小悟の後の段階(ゆだねる方向)
を示しています

第二段階のスピリチュアルな学びは思考を使って努力するので、第一段階と同じ方向ということになります
ただし、第一段階を卒業し、第三段階へと向かう準備としては大きな意味があります

第二段階と第三段階では全く方向が違います。だからアモラは「Big quest(大きな探究)」といったのですね

当時の私にはわかりませんでした
隣のホームの電車だと思っていましたから

第三段階は方句が反対ですが、決して後戻りするという意味ではありません
第二段階から第三段階への変化は”人生のコペルニクス的転回”なのです

コペルニクス的転回は考えて出来るものではありません
だからパズルとも、なぞなぞとも、気づきとも言われます

事故や病気で、(結果的には幸運にも)激しい人生の喪失をした人は、水中の苦しみの最中、水上から差し込む光を救いの道案内と気づきます。
しかし、まだ、エゴの世界でうまくいっている人にとっては、その光が海底を照らす明かりとなり、どんどん下へ向かいます
(神はいつも同じものを与えています。それをどう使うかはその人次第)

事故や病気というアクシデントがない場合はならどうすやいいの?

っと、お考えですか?

ご心配なく、神はいつもあなたのドアをノックしています限界という”自我”の苦しみを通じて

その受け止め方を変えればいいだけです

それは何でもポジティブに解釈するということではなく(それも必要ですけど)
一番大事なのはサレンダーです
その一つの方法は、引き寄せ(その2)で書きました
もしよろしければお試しください

大笑いすることが、強がりや、やせ我慢ではなく、サレンダーであるなら、それも一つの方法です
そうじゃなければ、泣いちゃうのもいい方法です(女性は男性より泣いて浄化するのが上手です)
笑ってからこっそり泣くのでもいいです

サレンダーできれば結果的に、「全て万事塞翁が馬」という境地に至れます
泣くのは自然です
自分にうそをつかなくて済みます
自分にうそをつきませんから、新しいカルマを生むこともありません
(泣き虫は大業を成し遂げます)

このブログを読んでいただいたときに、何か小さなことでもハッとすることがありましたでしょうか?
もしあったとしたらそれは気づきのサインです

(その3 自我の形成と解体)続きます。引き寄せにも関係します






人生は2度-アセンション-(その3)

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ひとつの人生を前半、後半で、2度生きるというのは
転職や結婚、離婚などの人生の大きな転機を迎えなくとも
誰にでも起こりうつことです

少数の人が、違う人生の波に乗り換えるのだろうと思ったのですが
そういうことではないようです
誰にも起こることです

20世紀までは、昨日の日記の図にある第一、二段階を生きる期間が長く
肉体の死を直前にして、第三段階に向き合っただけです
そして次の人生に転生しました

21世紀になって、多くの若い人が、早い段階で、第三段階へのシフトを迎えているかもしくは完了しています

なぜ、それがおこるのか?
それは、地球自身が第一、二段階から第三段階へのシフトをしているからです
あなたにとってそうであるように、地球という集合意識にとっても、第一、二段階の経験とその記録は十分なのです
いま第三段階を拡大しようとしています
過去の第一、二段階の経験は、第三段階の経験によってバランスさせなければなりません
それによって完結し、”空”になるからです

地球自身がシフトしているとしても
第三段階へのシフトは個人にとっておおきな変容であることにかわりはありません
幼虫や蛹から、蝶やセミになるようなとてもデリケートな時期です

その変容はウツという形で現れるかもしれませんし、何かの喪失や、病気かもしれません
でも心配しないでください、もう少しで飛べるようになります

第三段階からいきなり生まれたかったですか?
でもそれは出来ません
第三段階は、いま、みなさんの気づきという経験を積み重ねて形成している途中です
気づきは、硬いからに包まれ何年もの間地中で生活し、硬いからを引きづるように木に登り、脱皮してセミになり、空を飛んだ瞬間におこるからです
いきなりセミとして生まれてしまうと気づけないんです
飛べるのがあたりまえだから

世の中の準備が整えば、いきなりセミとして生まれる人も出てきます
(今の社会では、いきなりセミとして生まれてしまうと、社会のシステム(地中)に順応できない人として扱われてしまいます)

このテーマもう少しお付き合いください


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人生は2度-アセンション-(その5)

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おはようございます
今日もここに来てくれてありがとうございます

昨日は「そういう特徴をDNAの中にもって生まれてきた自分です」と認めて生きていくということですと書きました
そうなんです
たったこれだけでいいんです
あなたの周りの問題かこれだけで消えていきます
なぜなら、人生はあなたを通して映し出されるイリュージョンだからです
イシュージョンだと思うかは別として、やってみれば世界が変わっていくことに気が付きます
エゴの問題を知識で解決しようとすると、雪だるまのように大きくなるだけです
「問題の解決方法は180度違うまったくシンプルなところにあった」のです
これも気づきのひとつですね

前も言いましたように、人生の体験を神にレポートするのが、役割のひとつだからです
(このことは近いうちに、空について書くときにまたふれてみたいと思います)
レポートを提出すれば、その体験を味わうという宿題は終わります
レポートは問題を他人事のように眺められるようになったときに自動的に提出されます
次の人生のテーマに進めます

エゴがすくなくなってくると、第三段階への転換がすすみ、
幼虫から蛹、そして蝶やセミになる準備ができてきます

第三段階は引き寄せの法則の世界です
神はエゴの少なくなったあなたをサポートしやすくなりますし
あなたの願いは以前より波動があがり神の願いと共鳴し始めます

エックハルト トールは「神はエゴの少ない人を通じて、大役を果たさせようとします。映画で例を示すなら、ホレストガンプやロードオブザリングのホビット族です。他にもっと知恵のあるものがいたのにもかかわらず」といっています

脳神経外科医のアベン・アレグザンダーは、「自分を解放し、そして、自らに備わっていながらも気付かずにいた“宇宙に合致するアイデンティティー”を引き出す。宇宙はそのようにできている」といっています

みんな言っていることは同じですね

セミの変態プロセス(幼虫→蛹→成虫)にたとえるなら、今までの社会は地中の王国の形成の時期でした
これからは一気に天空の時代に入ります
天空の喜びは想像を超えるものです
今の状況から直線的に想像できるものではないですね

このチャンスは等しくやってきますが
いま苦しいことがある人は、気づきの機会が与えられていますので、その分、幸いです




空の仕組み

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今日もここにきていただきありがとうございます
今日の日記は空についてです
ちょっとわかりにくいかもしれません
もし読むのが面倒でしたらスルーしていただいても構いません




空という字はこのブログのタイトルにも使わせていただいています
その空は神と呼ばれたり、真我と呼ばれたり、意識といわれたりもします
空とは究極の“何か”(モノではありません)なのです

空を説明して一番有名なのは般若心経です
「色即是空、空即是色」
はじめの色即是空、形あるものすべて空である
これはなんとなく理解できますね
所業無常、万物流転、方丈記(ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし)など
おなじみのものが多いですが、でもちょっと間違った説明です
時間を使って理解ししまうと、次の「空即是色」が理解できなくなります
時間が何かを滅ぼすなら、時間がどうやって“無から有をひねり出すのか?”がわからないからです
時間は関係ありません

ここから空の説明です
ちなみに、言葉にならないものを文字にするので例え等を使います
例えと空とが同じという意味ではありませんので感性での理解をお願いします

ジグソーパズルにたとえます
空とは最後の1ピースをはめ込んだときに、その完成の暁に、パズルのすべての絵が消えてしまう仕組みになっています
しかし、五感で感じとれないだけで、すべての要素はそこにそのまま残っています(ここが一番大事)!

神様は空に近いものを自然界に存在させてくれています
それは光です
光はプリズム(分光器)で虹のように分けることができます
実際に実験されたことがあるかもしれませんし、そんな写真を見たことがあるかもしれません
その反対に、分けられた光を、重ね合わせ始めると、最後の一色を加えたときに、無色になります
無色ですが混ぜた光は確かにそこにあるのです

無色の中にはすべての色があり、取り出すことができます
また、取り出した色をすべて集めると無色に戻すこともできます(ブラウン管の時代のテレビは白色はこのように作りました)
これが「色即是空、空即是色」です

感情や物理的なものであれ、光であれ、すべて波動を持っています
光と同じ波動のルールが当てはめられるのです

光を七色に分けただけなら、七つ集めれば空になります
ジグソーパズル同様にどんどん細かくすることができます。
7つのピースから100、1万、1億、1兆ピース。。。
もちろん細かく分けられれば、それを集めるための冒険も難しくなってきます
しかし細かく分散するゲームをすることで、空は高度に進化することができるのです

われわれのDNAはこの空から切り取られたものです
切り取られたものは部分ですから形になります(無色から有色があわられるのと同じように)
そして、われわれの人生は複雑化した世界における、空のパーツのハンティングなのです
われわれはこの光の年輪を作る作業をしています

パーツを探し、獲得し、そしてそれをはめ込む
集めた空のパーツをはめ込むには、感じる、手放すということが必要なのです(開放)
いつまでもそのパーツを手放せないでいると仕事が進みません(執着)
どのパーツを集めるかはDNAというカルマ(特徴)の中に書いてあります

つらい経験のパーツを手放すと、魂のレベルが上がります
“引き寄せ”と“開放”を通じて波動があがっていきます


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心のプリズム(その1)

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今日も来ていただいてありがとうございます

まず、はじめに質問ですが、心とはいいものでしょうか?悪いものでしょうか?
それともその両方でしょうか?
心を「こころ」と書くと何となく温かそうで、優しさや真心を連想させます。そうすると何となくよさそうです
心を「マインド」と書くと、エゴとか、思考とか、コントロールとか、なんとなく嫌な感じがします

答えは、(お察しのとおり)、は上記のどれでもありません
われわれが「こころ」から連想したもの、「マインド」から連想したもの、いずれも心の堆積物でしかありません

こころとは何かというと、外からの刺激に対しての感情の“純粋な共振装置”です
例えば、感動したときに、その気持ちを脳や体中に広げ震わせます
その反対に恐怖を味わったときに、ギュッと縮むような感じにさせます
悲しい気持ちの時に体を重く感じさせます
心はそういう装置です

また心はどういうエネルギーを出し入れするかを決めるところです
子宮にいる時は、心は一つの大きな部屋でしたが、その“純粋な共振装置”に、人それぞれの個性(心のプリズム)がくっついていきます

生まれたばかりの赤ちゃんの頃のおもちゃは大体同じですが、だんだんと好みのおもちゃが違ってきます

小学生になったころには好き嫌いは千差万別になり、感動したり、泣いたりするものが違ってきます
大人になるとそれぞれの引き寄せた世界に住み始めます
個性豊かな成長と言えますが、魂の成長から見ると自我、エゴの形成段階です
そして心は、感情の種類に応じていくつもの部屋に仕切られていきます

次に心と脳との関係ですが、脳は感情に対するラベルを張るところです
感情に対して、いつ、どこで、誰が、どのようにという記憶を主に画像や音で蓄積します

心と脳は、とても仲良しで、ほっておくとはてしない会話をし始めます
“いま”ふっと見た光景から、脳は“過去”にある同じような画像や音を検索します
そして検索結果を心に照会します
心は見せられた情報に対して反響します
その反応を見た脳は、こんな情報だってあるぞと“さらに過去”の情報を検索します
すると心は予定通りの反響をします
次に脳は、“未来”の予測をし始めます
心はさらに大きな反応を見せ、“心の紙芝居(時間という幻想)”が始まります

この会話がポジティブな内容であれば、人は成功哲学と呼びます
もしネガティブであれば、無間地獄です
ポジティブであれ、ネガティブであれ、人はこの“刺激”を求めて考え続けるのです

余談ですが、体を動かすと、(呼吸を見つめるだけでも構いませんが)、この会話を止めることが出来きます
運動が健康にいいのは、体を鍛えるだけでなく、”心の紙芝居”をストップするところにもあります

成功哲学を読んでも引き寄せの法則を読んでも、うまくいかない人が多いと思います
それは、脳だけに情報を入れても、脳と心の成功循環(成功という心の紙芝居)を作れていないからです

成功循環にしたいのなら、心と脳の会話の仕方を変えなくてはいけません
それは何かを学ぶことによって知識を得て、脳を変えることではなく、心の方を整理することとなのです

つづきます


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心のプリズム(その2)

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おはようございます
4月になってとても大きな気づきのエネルギーを感じます
このチャンスを生かして大きく飛躍しましょう

昨日、“心の紙芝居”を説明しました
紙芝居のプレゼンターは“脳”で観客は“ハート”です
脳の見せる映像にハートは喜んだり、悲しんだり、一喜一憂します
一番簡単に“心の紙芝居”を止めることが出来るのは、“体”だということもお話ししました
“脳”、“ハート”、“体”は聖なる三位一体になっているからです

脳と心の“成功”循環をどうやって作り出すのか

でもその前に、今がどんなに苦しくても、「自分の人生において自分が引き寄せていないものは何もない」ということを知る/受け入れる必要があります
これは、悟りのパラドックス、気づきのなぞなぞ体験(なんてこった、なーんだそうだったのか体験)のひとつです。

自我とは“心の紙芝居”の束のようなものです
自分が思う”自分自身”って、すべて心の紙芝居で語られます

自我のほとんどは子供の時に形成されますが、子供は親や環境の影響を大きく受けますし、それを受け入れるよりほかないので、自分で自我を形成したという気持ちになれません
「昔、あーんなことされたから今こうなった」、「あの時あーだったから、こうならなかった」、etc.
こんな記憶があると、自分の自我に対してどうしても責任を取る気にならないのです

しかし、それを受け入れてみてください(ここ大事です)
「全て自分が引き寄せていたんだ」(この仕組みは明日、書いてみてたいと思います)
「自分この性格、DNAは、自分で選んで生まれてきたのだ」っと

この開き直りは偉大なるサレンダー(帰依、南無、ゆだねる、天の流れに乗ると言い換えてもいいです)です
なぜなら、このサレンダーによって、苦しみの“心の紙芝居”がストップできるからです
受け入れてしまえば、心の紙芝居の中で犯人捜しとその対策(仕返し)を考える必要がなくなります
やってみてください
やってみればわかります
楽になります

だた、楽になった途端、自我が「今は気持ちよくなったけど、この後どうしたらいいんだ?」と言い始めるかもしれません
そうすると、自我の声に負けて、サレンダーの状態から心の紙芝居に戻ってしまいます
この症状への処方箋はこの新・引き寄せシリーズで書いてみようと思います

サレンダーは人生の放棄とは違います
他人に迷惑はかけません
サレンダーし今を受け入れた瞬間に、より多くのエネルギー多自分に戻ってきます
そしてそのエネルギーを今やる必要があることに使うことが出来るようになります

自分が自分を受け入れたその瞬間が変容です
「脳と心の“悪”循環」を「脳と心の“成功”循環」に変え始めたからです

次回は、心の構造(心の紙芝居の観客の構造)をお話しさせていただきたいと思います



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心のプリズム(その3)

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今日2回目の日記です

先ほどサレンダーの話をしましたが、サレンダー出来ると、自分と問題が一つなのではなく、問題は自分とは別物だったという感覚が生まれます
そして、楽になります

でもその途端、自我が
「今は気持ちよくなったけど、この後どうしたらいいんだ?」
「サレンダーしたって、生きていう方法は見つからないぞ」
と語りかけてきます

処方箋としては、その瞬間にとる方法と、心の構造を変える方法があります
瞬間的な方法は、サレンダーした状態の心のVOID状態(真空状態)になるべく長くとどまることです
サレンダーと自我の間をヤジロベイのようにバランスをとってみてください
その間、1分かもしれませんし、5分、1時間かもしれません
だんだん長く出来るようになります
このヤジロベイの状態にあるとき、真我(神)につながっています
本来の姿を感じられる瞬間です

無の状態は無防備だから、常に感情や思考を持っていないと危険だと思っていませんか?
無防備に感じるかもしれませんが、部屋で、おなかを出して、あおむけになって寝ている猫の方が、いつも警戒している猫よりもかわいがられるものです


心の構造の話に入ります

心は外からの刺激に対しての感情の“純粋な共振装置”です
心は初めは愛だけを共振させる大きな一つの部屋でしたが、人間が成長し、様々な感覚や感情を知るたびに、感情ごとに、小部屋に仕切っていきます

例えば、喜び、美しさ、憎しみ、怒り、充実感、悲しみ、達成感、恐れ、など
例がよかったかどうかわかりませんが、それぞれの個性に応じて、いろいろな感覚を味わう小部屋を形成します

小部屋には窓があり、そこにはプリズムがはめられており、光が入ってくると、そのプリズムを通して、心の小部屋に光が入ります
空の仕組みで書きましたが、光はプリズムによって、無色から様々な色を作り出すことが出来ます
怒りの部屋であれば、透明な光は、その部屋のプリズムを通ることによって赤黒い光となり、それが怒りとなって心を共振させます
もちろん気分を害します
しかも、その赤黒い光は部屋にとどまります
この赤黒い光を作るプリズムむこそが、エゴであり、感情を生み出すもとです

神は愛という一つのエネルギーしか与えないといいます
全ての出来事は中立だとも言います
それにもかかわらず、人は喜怒哀楽さまざまな体験を味わっています
つじつまが合わないように思うかもしれません
そうではありません、神は無色の光しか放っていませんが、
受け取る人間が色メガネをかけてみているということです

ネガティブな部屋に光がたまると、ストレスになります
そのストレスを発散したくなります
我慢できなくなるくらい溜まってしまうと
人はそのエネルギーを吐き出します
赤黒い光を作ったプリズムは、赤黒い光をそのまま外に出します
本人だけすっきりしましたが、これでは終われません

なぜなら神は愛・光を与え続けるからです
???
つまり、降り注ぐ神からの愛の光は、心の空き部屋から先にエネルギーが補充されます
先ほど赤黒い光を出した部屋は、空になっていますから、真っ先にこの部屋にエネルギーが補充されることになります
また怒りを感じる経験をしてしまうということです

意地悪ではなく、空になって飢餓感のある部屋、よく使う部屋に、真っ先にエネルギーが補充されるという物理的な法則です

さらには、よく使う部屋は、だんだんと大きくなります。

これが「与えたものが受け取るも」という法則です

前にも言いましたが、「与えたものが受け取るも」はギブ・アンド・テークの法則ではなく、心の飢餓感の法則です


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心のプリズム(その4)

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昨日の日記で、、「与えたものが受け取るも」は持ちつ持たれつの法則ではなく、自分と宇宙の物理的な法則だと書きました
それがわかると、「全て自分が引き寄せていたんだ」納得できます

心の小部屋の窓についているプリズムは、あなたのDNAの中に書き込まれていたのです
ですから、自分を責めずに、「自分この性格、DNAは、自分で選んで生まれてきたのだ」と受け入れてしまうほうが楽になります

でも生まれてきた本当の目的は、そのプリズムを変容させることです
その方法は、「引寄せ(その2)」で書いています
心のプリズムを意識しながらやってみてください

これをやるときは、自分を、すばらしいとか、だめだとかジャッジせずに
淡々と他人事のようにやってください
それがうまくいくコツです
その方が問題が離れていきやすいのです
ジャッジをすると、問題に対する執着が生まれ、浄化しにくくなります
他人をなだめるようにやってください
「アー今までこんないやな気持ちをハートの中で震わせていたんだー」
「わかってあげられなくてごめんねー」
「今しっかり感じてあげたからねー」
「この体験は宇宙が、私を通じて、宇宙を知る大事な経験だったんだよー」
「宇宙は体験できたことを感謝してるよー」
「この経験で、宇宙はまたひとつ経験をつんで、波動があがったみたい」
「今からバラの中に包んであげるねー」
「ありがとう」
という感じです

これで宇宙へのレポートは終わりますから、その問題(課題)から卒業です

これであなたのプリズムは変わります
赤黒い碇の光に変えていたプリズムは、やわらかい温かみのある赤の光を出し、他の人にエネルギーを与える部屋になるかもしれません
もしかすると、その部屋は、消滅し、そのスペースは別のポジティブな部屋の拡大に使われるかもしれません
それは神に任せてください
でも、コインがひっくり返るように、ネガティブなものはポジティブに変わります
大事なことは、同じものを見ても怒りの反応が起こらなくなることです

次にもうひとつ大事なことがあります
ネガティブな部屋が消えてたり、小さくなったら、自分の引き寄せたいポジティブな部屋を強化することです
あなたの中にあるポジティブな部屋をもっと使わなくてはいけません

朝おはようというのでもいいです
もっとありがとうというのでもいいです
小銭を寄付したりボランティアをするかもしれません
出来ることをやりましょう
ポジティブな部屋のエネルギーを出しましょう
そうすると、空腹の法則で、その部屋にエネルギーが戻ってきてあなたは与えられます

その際、大切なのは、自分のやったことに対する他人のリアクションは気にしないということです
「せっかくおはようといったのに無視された」とかいい始めると、ネガティブなサイクルに戻ってしまいます
無視されたことを無視しましょう
いまは自分のポジティブな部屋をいっぱい使うことに集中しましょう

少しの間は辛抱が必要かもしれません
毎日の変化は小さいですが、突然現れるギフトは予想を超えたものになります
でも期待しちゃだめです
コインの裏と表は同じ大きさ」で書きましたが
期待というのは期待と反対のものも一緒に連れてくるからです


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心のプリズム(その5)

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「心のプリズム」では、心の構造の変容と、脳と心の回路の付け替えを説明しています
心の構想が変われば、自然と脳からの情報に対して反応する心の部屋も変わっていきます
ですから今日の1回目の日記に書いた方法を繰り返しやってみてください

その際、皆さんが自我のワナにはまらないように、この日記では、自我の仕掛けたパラドックスについてお話したいと思います
ちょっと難しいかもしれません
読みたい人だけ読んでください

映画でもそうですが、最後に手ごわいヤツが現れます
映画のクライマックスの登場人物は、いつも意外性のあるものです
実は仲間の一人が本当の敵だったとか、青い鳥は世界のどこにもなくて家にいたとか、etc.

気づきの世界でも同じです

説明にはいります

あなたの、脳と心の“成功”循環を妨げる最後の敵は、何を隠そうあなたの”自我”の成功体験、それ自身です

子供のころ、親や周りの人は善意で、もしくは義務感から、あなたの将来を心配します
心配のあまり、うまくいかなかった場合の、否定的なことを話し始め
そのイメージを植えつけます
「がんばらないと、こんなヒドイことになるぞー」というやつです
そして本人は、植え付けられた、不安や心配、恐怖などに尻をたたかれがんばります
それでも若いころは親や周りの意図に従い、がんばって目的を達成します
目的が達成されれば、本人も納得、親や周りの人も満足です

「不安」、「心配」、「恐怖」を原動力にしても、成功したときの味わいは薄いものとなります
また新しい何かや達成が必要となります
なぜならいつも何かが不安で、心配で、恐怖を感じているだからですからです

あなたは神の大いなる流れに乗ろうとしているのに
何か「不安」、「心配」、「恐怖」というがないと成功できないという思い込みが、流れに乗ることを邪魔をするということです

自分を不幸にしている「不安」、「心配」、「恐怖」を手放そうとしても
「不安」を手放すことへの不安
「心配」を手放すことへの心配
「恐怖」を手放すことへの恐怖
がでてくるのです
なぜなら、それらが成功への羅針盤であり、原動力だったからです

イエスは、「金持ちが天国へ行くのはらくだが針の穴を通るより難しい」といいました
お金持ちは、自らの成功経験によって、人より多くの「不安」、「心配」、「恐怖」を持っていて、しかも、それらを捨てられないからです
イエスは、「幼な子のようにならなければ、神の国に入れない」ともいいました

このパラドックスが、ほとんどの人の変容における最後の壁になります


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親が子に伝えられること

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おはようございます

人はいろいろな願い事を持っています
しかし、ほとんどの場合、それがどうして”願い”となったか気づいていません

いくつかの願いのうち、ネガティブな出来事が原因で持った願いは
天の計らいで、魂の成長のために持たされることがあります
もしこの大きな視点に立ち、自分の究極の目的が魂の成長であるとするなら
すべての願いは、あなたの思い通りだったともいえます
これは私がバシャールに質問して直接言われたことです

ネガティブな思いから出来た願望の例を挙げます
何かの劣等感がありお金を持つことでそれを跳ね返そうとした
もしくは、お金がなくてつらい経験したので、二度と同じ思いをしたくなくてお金持ちになろうとした
これは良くあることだと思います

ネガティブな思いからの願望は現世的な幸せをもたらすことはありませんので
手放すしかありません

しかし、手放すことが怖いのです
願望を手放すと
もっとお金がなくなりそうな気がするからです

でも、魂の成長はその逆です
「天はお金への執着をなくした人にお金を惜しみなく与える」ものです
それが一番、世の中の役に立つお金の使い方をすることを知っているからです
これが魂の成長のパラドックスです




ポジティブな願いはどこからともなく聞こえる声で、その声がどんどん大きくなってくるような感じがする、そんな願いです
場合によって、自分はそれに興味がなかったりします
ひたひたと近づいてくる何かなんだけど、元から自分の中にあったとわかる何かです
昨日の日記で、8つのプロセスを書きましたが、そのプロセスで願い事を伝えておくと、そんな風に願いごとが叶っていきます

本題に入ります
今日のテーマは「親が子に伝えられること」ですが、
(子供じゃなくても、自分の大切な人に置き換えてください)
魂の成長のパラドックスに気が付くと、自分の子供やパートナーにも
教えたくなります

親がスピリチュアルな気づきを、子供や自分お大切な人に伝えるべきかどうか悩むという話を良く聞きます
結論からすると、相手を信頼する以外にやれることはありません

自分の考えや経験を伝えることはいいかもしれません
しかし、話した後は、相手の選択を尊重し信頼し、見守ることです
もちろん、自分の意見を子供が聞かなかった場合、心配になります
それでも子供を見守るのが、”親の魂の成長”です
お互いに成長します

ところでなぜ尊重するより他ないかというと
人生は2度-アセンション-(その2)でもかきましたが
生まれたときは、DNAの中に自我の設計図は書いてありますがまだそれが形成されていません

しかしなにより、子供はまず自我を形成しないといけないのです
自我を形成する時期、エゴを発動する時期が必要です
そして初めて、自我やエゴの解放という段階に進めます
自我の形成と解放を違う言葉で言い換えるなら
「地中で生活する」→「セミとなって空を飛ぶ」
「芋虫として這い回る」→「蝶として舞う」
「川の水として流れる」→「海として”ある”」
「水中にもぐる」→「水上に飛び出す」
「雨として地上に降りる」→「水蒸気として空に戻る」

自然は変容の仕組みを、これでもかといわんばかりに、われわれの目の前に例を出していっぱい説明しています

より完全な解放のためには、より完全な自我やエゴの形成の時期が必要です
もちろん、周りから見ていて、自分の大切な人がどの段階にいるかわからないので心配になります
でも、変容の時期は本人のDNAにはきちんと書いてありますから心配ありません
それを信頼するより他ありません
あなたの悟りが深まればどんどん心配も減ります

人間の変容は姿、形は変わりません、だから一筋縄ではいきません
でも魂が変わります
自然界より高度な変容です

最後にまた脳神経外科医のアベン・アレグザンダーの言葉を引用させてください
「自分を解放し、そして、自らに備わっていながらも気付かずにいた“宇宙に合致するアイデンティティー”を引き出す必要がある。宇宙は、そのようにできている」
本当にいい言葉ですね



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お前はお前でちょうどいい 良寛

今日から3泊4日の旅行に出ています

今まで一気に気づきにまつわる仕組みのようなものを
書いてきました
ちょっと小休止して徒然なることも書いて見たいと思います

日常生活を送っていると何か突然不安な気持ちになったり
することがあります

何か飛び込んで来た情報を題材に心と脳が勝ってに会話を始めてしまうからです

そんな時、良寛さんの「お前はお前でちょうどいい」という言葉を
何回かつぶやいてみます
しすると脳と心の自動的な会話が止まります
こちらに注意を向けます

すると「この心配事が自分にちょうどいいだと?」反抗してくる何かが出て来ます

すかさず「お前はお前でちょうどいい」といってみます

そして、その2つの感情が交わって行くのを見つめます

傍観者になります

しばらくすると、心配してたことが何だったか思い出せなくなります

心配とはこんなもんだったりします
でも放っておくと心と頭が妄想を始めて巨大化させます

これだけで浄化が進みます
だんだんと心配事が減って行きます

日常のちょっとしたことのなかで自分を受け止める練習をしてみるのもいいですよ


お前はお前でちょうどいい 良寛 (ストーリー2)

この前の日記で「お前はお前で丁度いい」という言葉を使って内観する方法を書きました
これは無駄にエネルギーを使わずに浄化を進めるのに役立ちます

もしもこの方法を使わずに、心と脳の妄想に任せたとするとどうなるでしょう?

その場合、心配事が自分の中でかってに大きくなり、何か行動を起こさずには要られなくなります

自分が行動を起こすということは必ずそれに巻き込まれる誰かがいます
相手のために良かれと思って何かをやっても、自分の思ったような反応が相手から得られない場合もあります
口論になるかもしれません
長い長い口論の末に疲れ果てた頃、その口論は終わります
口論が終わった頃、仕掛けた本人はこう思います
「あれ、この喧嘩の原因は何だっけ?」

内観の道でも、口論とうい道を選んでも、得られる結果は同じです
それは、一番初めに心に浮かんだ"心配"がなくなったということです

もちろん内観の方が、無駄なエネルギーも使いませんし、新しいカルマも生み出しません

しかし、もしも口論してしまってもそんな経験を許してあげましょう
それも自分に必要な人生経験だったんです
そして、こう言いましょう「お前はお前で丁度いい」


お前はお前でちょうどいい 良寛 (ストーリ3)

おはようございます
今日もここに来ていただいてありがとうございます

昨日は内観編と口論編の2回に分けて、「お前はお前でちょうどいい」を話ましました

今日は3つ目のストーリーを書きたいと思います

3つ目のストーリーは何か”いいこと”が起こった時に使うものです

人から褒められたり、感謝された、何かいただいた、願い事をかなったとき
日本人はつい謙遜したり、遠慮したりします

そんな時に言いましょう「お前はお前でちょうどいい」

そうすると、天からのギフトをすっと受け取れるようになります
そして次の瞬間に自分は宇宙から愛されていたんだと気付きます
宇宙とのパイプが太くなります
運が良くなります
もっと導かれるようになります
幸せになります

ぜひやってみてください


ところで、良寛さんは死ぬ時に「まだ死にとうない」と言ったそうです
この言葉を聞いてジーンと来るものがあります

「なんだ悟ったって大したことないな」と思いますか?
そうかもしれません

でも、大悟された人が、死に際に「まだ死にとうない」と思えるんです
人生というのは、自分の想像を超えてずっとずっと大きなギフトが待っているのだなと思います

喜びへの気付きは尽きることがないんだと
嬉しくなります


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宇宙/悟りのパラドックス(不定期便 その1)

宇宙の求める答えと、自我の作り出す目標、
その2つは正反対の場合があります
それに気が付くと、「なーんだそうか」のパラドックス現象がおこります

赤ちゃんは無垢のまま生まれて来ます
そして少しずつ自我を身につけていきます
前にも書きましたが、
ある年までは、上手にエゴを形成することを成功と言い
それを境に、エゴを手放すことを成功というようになります

その境がいつなのか、それは人ぞれぞれです
そして、家族全員が同じ時期にやってもきません
エゴを形成中の人と、手放している際中の人は同居していたり、身近いにいることは良くあります
互いにわかって欲しいと思っています

人生という旅は、それゆえ多くのパラドックスを秘めたワンダーランドです

エゴの解体は来た道を折り返すようなものですが、少しずつうえに登る螺旋階段です


今回の旅行中、映画「永遠の0」をみました
涙が止まりませんでした
横隔膜をゆするほど泣けました

映画もよかったのですが、主人公とかぶるとこるがあったからだと思います
まず、臆病だということ
次に、臆病ゆえに、組織の無謀さに抵抗してしまうこと
最後に、貧乏クジを引くところ

臆病なのは、なぜでしょう
勇気がないからでしょうか?
臆病とは、立ち向かわなければいけない運命に気がついているところから来る虫の知らせのようなものかもしれません


運命を知る人は、最も恐れる人です
しかし、一番に立ち向かう人でもあります

これは宇宙の奏でる人生の大きなパラドックスです

恐れは人それぞれ様々です
全ての人がそれぞれの貧乏クジを持っています

運命を受け入れた時に、乗りこえたときに富くじに変わります

そして宇宙として輝きます

みんな何処かで、あの主人公とかぶってるんでしょうね


月を指す指は月ではない

こんばんは
今日もここに来ていただきありがとうございます

先日のセッションの好転反応と、グランドクロスの影響か、頭痛、肩こり、発熱、咳など結構ヘビーな日でした

ご存知の方も多いと思いますが「月を指す指は月ではない」とはお釈迦様が言われた言葉です
悟りを語る言葉自体を捕まえすぎてはいけない
それらは悟りそのものではなく
悟りを示す道しるべに過ぎない
指の先にある月を見つけなさい
etc.

悟りへの道しるべも人によってまた違います
マスターが同じでも、弟子によって教えの内容が大きく違うことがあります
むしろ、弟子の理解の度合いにかかわず、同じことを教える方が問題だといえます

例えば、
初めてのうちは、「運命は自分で作るもの」と伝えた方がいいかもしれませんが
悟りの一瞥に触れたたことがあるなら、「運命はすべて決まっている」といっても納得がいくかもしれません
しかし、しばらくすると「運命は決まっているともいえるし、決まっていないともいえる」といった方がいいかもしれません
理解の度合いによって展開される現実が変わる、というのがこの世界の法則です

山登りでも、登山ルートが違えば、同じ頂上を目指しても案内は全く違うものになります
また、同じルートをたどっていても、1合目の案内のされ方と、8合目の案内のされ方は全く違います
1合目では「立て看板に従って進んでください。ところどことにいたずら書きがされていますが、壁や岩に書かれたことを真に受けていけません」と案内されたとします
しかし、登山も進み急峻な岩場になった8合目では「立て看板はありません。進むべき方向が岩に矢印でスプレーされていますから、それに従ってください」といわれます
標高によって、案内のされ方は全く違います

登山の場合は、それでも問題が起こらないのは、ルートの違う人、違う高さの人は物理的に違う場所いますから、同じ場所にさえいれば意見が食い違うことがありません
みんな仲良く頂上を目指せます

しかし、精神世界の場合、違う宗教、信仰、考えの人
信じる内容が同じでも、違う進み具合の人が、一斉に同じ場所にいるということは珍しくありませんしむしろ普通です

いろいろな方向を指さして、「月はあそこだ」と言っているわけです
みんな正しいかもしれませんが言っていることは食い違っています

そんな場合、何より自分の直感を信じることだと思います

このブログでも、納得のできる話もあればそうでない話もあると思います

直感で判断しかねた場合は、コメント欄に質問していただければ出来るだけ回答させていただきたいと思います

是非お気軽にご質問ください


人格とは?

こんばんは
ここを訪問していただいてありがとうございます
最近、本業が忙しく遅い時のアップになってしまっています

過去も未来もなく、あるのは「いまここ」だけ、というのはスピ界では最もよく言われている言葉です

この前提に立ってみて、人格とは何か、と考えたことはあるりますか?
自分がどう自分を定義しているのでしょう?

ラマナ・マハルシは自我を「想念の束」といいました
“束”というのがキーワードです

自我というのは、完成されたシステムのようなものではなく
いろいろな思い込みの寄せ集めだということですね

身体、心、思考、どの順番で一番発達していると思いますか?

物質文明にどっぷりはまっていると、その文明を作り出した“思考”が一番で、文明を感じることが出来る“心”2番、この数千年ほとんど基本的に進化していない“体”が3番って感じでしょうか?
私はそう思って何十年も生きてきました

身体は、60兆の細胞で出来上がっています
それらがたがいに連携してそれぞれの機能を果たしています
一つ一つの細胞の中にはDNAが一つずつありますが、人間の科学はそれすら解読できていません
身体というのは人間の思考が作り出した科学が遠く及ばない、超高性能なマシーンだったりするのですが、毎日一緒にいるので、気づきません
身体よりフェラーリの方が大事だったりします

でも実は、身体こそが、魂がこの世に存在するためのUFOなんですね(UFOを外側に見つける必要はありません。あなたは毎日、乗ってるんですから)

それに、身体というのはいつでも、“いまここ”に100%存在していて、あたたの帰りを待っています(妄想の終焉)
思考を捨てることが出来れば、悟りに入る準備はいつでもできているということです

過去も未来もなく、あるのは「いまここ」だけという前提で自分の人格を説明できますか?
過去の経歴や未来の見込み、それらのものを使わないで自分を説明してくださいといわれたらどんな自分を説明するのでしょうか?

人格を何か素晴らしいシステムとして説明できたでしょうか?

それとも、マハルシの言った、「想念の束」というのがなんとなくわかる感じがしましたか?

明日また続けさせてください






宇宙/悟りのパラドックス(不定期便 その2)

こんばんは
きょうもここに来ていただきありがとうございました

昨日は、過去や未来の自分を使わずに、今ここにある自分だけを使って、人格を説明してみるということを書きました

試されましたか?結構難しかったと思います

ところで、肩書きは今あるものだから使える?でしょうか
肩書はそもそも人格とはいえそうもないし
未来のない者にとっては、肩書は何の役にも立ちません

こうやって自分を説明しようとすると、自分の自我像をいかに、過去や未来に結び付けて形成してるかわかると思います
過去や未来に結び付けが強いほど、自我も強くなり、今ここにいることが難しくなります
言い換えると、悟りから遠ざけます
なぜなら、悟りとは、今にいること、自分の感覚を100%いまに向けること、だからです

何かの挫折や絶望を体験すると、それが悟りのきっかけになったりします
それは、挫折や絶望が、自分を束縛していた過去や未来から切り離し、今のリアリティの中に目を向けさせるからです
キリストの言葉にも、祝福への案内状は一番のぞまない形で届けられるというような言葉があったと思います

映画「永遠の0」の中で、明日特攻隊として出撃する隊員が、川の中に足を突っ込んで「水の冷たさと、自然の豊かさが、今よくわかる」というようなことをいうシーンがあります
未来を失った瞬間に、いまのリアリティとパワーがものすごい勢いで戻ってきたのです
死ぬ瞬間に全てが戻ってくる、これは宇宙/悟りのパラドックスです
生きているうちにこの感覚を多少ながらも味わおうとするのが気づきへの道です

過去と未来を使わずに、人格を説明するとどんなふうになるでしょうか?
「頑張り屋」「親切」「怒りんぼ」「やさしい」「泣き虫」etc.etc.

Wikipediaでは、人格について「性格、気質、興味、態度、価値観などを含む、個人の統合体である」と説明しています

(きのう書きましたが)ラマナ・マハルシは自我を「想念の束」といいました
つまり人格とは、性格とか、気質とかそういったものを”束ねたもの”であって、統合体というようなシステムとしてうまく機能しているものではないという意味です

システムとして機能していないので、多重人格という問題が起こってきます
誰しも多かれ少なかれ多重人格です

わかりやすい例を挙げると
お酒を飲んでいるときは「頑張り屋」人格が現れ、大言壮語になりますが
次の日、目を覚ますときは「めんどくさがり屋」人格が現れ、昨日の大言壮語をほとんどキャンセルします
珍しくありません

こうやって次から次へと違う人格が現れ、外からの状況に右往左往すると一番疲れるのは本人です

こういった人格の束を少しづつらすことが出来ると、今を感じる喜びとエネルギーが戻ってきます
(浄化の方法は、引寄せ(その2)もしくは新・引き寄せ-心のプリズム-(その4)を試してもらえればと思います)

浄化が進むと、過去や未来に縛られた自画像ではなく、今目の前に巻き起こってくるつ現象を見つめるのが自分という存在だという感覚が起こります

この感覚が生まれると、目の前に現れてくる現象がシフトアップします
それは天からのギフトです


チャネリング

こんばんは
今日も来ていただきありがとうございます

皆さんチャネリングって興味ありますよね

でも誰でも、チャネリングしてるといったらどうでしょう?
いやそんなことはないと思いますか?
でもそうなんです

ぱっとひらめくアイディはチャネリングで得たものです
脳というのはアンテナです
記憶装置ではなく、記憶にアクセする送受信機です

何かがパッとひらめいたときに、“俺”はすごいぞ、と自我の手柄にしてしまうとチャネリングを体得する機会を失ってしまいます
自我が強くなればなるほど、ひらめきも減ります

何かを突き詰めて考えているときにはなかなかいいアイディアは出てきませんが
トイレに行ったりすると、ハット、アイディアが浮かんだりします
ギュッと固くなったものをほどくと、その反動で普段の状態よりももっとゆるむので、メッセージがスッと入ってくるからです

そのゆるんだ時の感覚をマスターするとチャネラーになれます

でもメッセージが来た瞬間、それを捕まえて、やったーと喜んだ瞬間、チャネルは閉じます
そのまま緩め続けていると、ダーって流れていきます

そのせいか、チャネラーって、自我の弱そうな人が多いですよね
やる気満々のチャネラーだったりすると、なんだかバイアスがかかりそうな感じがします


思考のつくりだしたアイディは、理屈で人に説明できますから、しっかりとした考えに見えます
しかしその一方で、そのアイディアをさせる事実が何か一つでも崩れると、アイディアも共倒れします
(それを、何度も立て直していくと、最後には巨大な虚構が出来上がります)

一方ひらめいたアイディは、他人に説明はできませんが
理屈に支えられているわけではないので、多少のことがあっても、自分が気に入っている限りは貫くことが出来ます

前者は秀才の道、後者は天才の道になります
無駄な苦労をせずに天才になったほうが得ですよね






サレンダー

こんばんは
今日もここに来ていただきありがとうございます

先週ワークを受けました

大きなワークをすると、離れていく人と、新しく親しくなる人が出てきます
マインドのごみを取り除くと、すぐに現実が変化するので面白いです
誰かと離れるのはさみしいですが、古いカルマのつながりは切れていきます


先日、過去と未来を使わずに自分を説明してみるということを書きました

今日はちょっと心に刺さることがありましたので、この過去と未来を使わないというやり方を応用してみました

心に刺さる痛みを、過去と未来を使わずに受け止めてみました

過去に遡って原因を見つけず、未来に解決策を探さず、そのまま受け止めてみました

途中どうしようもない不安感が襲ってきましたが、しばらくすると去っていきました

現実の何かがすぐに変わったわけではありませんが、不安は去っていきました

不安が去ったところで、「外の世界は自分の心の鏡だ」とか「必要があってすべては起こっている」というサレンダーの言葉を使うと生きる元気が増したりします


おかげで、今日一日の仕事はおかげでスムーズに進みました

小さな変化に感謝したいと思います


先週のワークを受けた効果も落ち着いてきましたので、4月29日の新月、23時から23時30分の間に遠隔瞑想ワークをしようと思います
ご興味がある方はその間、少しでも意識を合わせてみていただければ幸いです


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いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない

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こんにちは
今日もここに来ていただきありがとうございます

昨日は、痛みを感じるということを書きました

ここには2つのメッセージがありました

一つは、感じきることによって、そこから卒業していくということ
もちろん1度で済むものもあれば、何度も何度も感じなければ卒業できない大きな課題もあります
それは人ぞれぞれの持って生まれてきた課題の違いによります

二つ目は、過去と未来と切り離して感じるということです

アインシュタインは「いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない」といいました

もし、思考を使って、問題を基に、過去に原因を探し、未来に解決策を求めるなら、蜘蛛の巣を張るように、問題と同じ次元に執着の根を張ることになってしまいます
(問題を感じる意識レベルで、過去の記憶や未来の可能性を検索しても、同じレベルの情報(=問題を継続する思考)しか収集、発見できないという意味です。その意味で、過去、現在、未来が同じ次元に存在しているのです)

“思考”がいかにも問題解決に役立ちそうなふりをして、エゴを強くしてしまいます

次元をジャンプするような解決策は、インスピレーションというチャネリングでやってきます
インスピレーションがやってきた後こそが、思考の出番です
使い場所を間違わなければ思考は素晴らしいツールです

このインスピレーションを感じるセンスと思考のバランスが大事だと思います

そして、問題と同じ次元に根を張らずに、感じきることが出来れば、次の次元へとシフトするエレベーターが動き出します

この感覚がつかめると引寄せがうんと早くなります

一度でエレベーターが動かなくてもあきらめないことが大事です




 



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宇宙への回帰

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おはようございます
今日もここに来てくれてありがとうございます

アドベンチャーものの映画なんかでよくありますが、
有形のお宝を探し求めて、(それが得られたかどうかは映画によって違いますが)、形なきもの、例えば愛とか友情とか親子の絆とか、が本当の宝だったというのは割とよくあるストーリーではないかと思います

見ている側の観客も、そんな結末に納得、感動する場合が多いと思います
カタチあるものを求めて、カタチなきものの意味を知る
これがこの星に生まれた目的だということに、どこかで気づいているからだと思います

カタチなきお宝、それは生まれる前から知っていたもの
そして、死んだときに持って帰れるもの

カタチあるお宝のみを求め続けると
カタチなきお宝を得ることはできません
この世を知ることはできるかもしれませんが
あの世を知ることはできません

この世からあの世を覗くことができたとき、宇宙は認識され、宇宙は進化します

宇宙は自らを知るために、世界を創りました

子供は成長する中で、その自我の形成のなかで、カタチある何かを作っていきます
もしそれが親や社会の尺度にかなっていれば成功と呼ばれます
しかし、いつかはそのカタチあるものの裏側にある意味を知る時期が来ます
なぜならそれは生まれてきた目的だからです
何かのきっかけ、年齢、失敗、満足、飽きることなど、によって自我の解体を始めます
このプロセスは悟りへ道と呼ばれます
解体する気づきが成功とよばれるようになります

言い換えると、前半戦は小我の確立であり、後半戦は大我への回帰、ということです

人生の前半戦と後半戦は両方必要なものですが
その組み合わせ方は人それぞれだと思います
一昔の人は、死の直前に後半戦に入った人が多いと思います
でも、最近は随分若い段階から後半戦に入っているように思えます

今もし何か苦しいことがあるとすれば、カタチあるものの裏側にあるカタチなきものを知るためのプロセスが始まっていると考えるのがいいと思います

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マインドを超える

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おはようございます
今日もここに来ていただきありがとうございます

今日はマインドについてです

マハラジは、「どうやってマインドを静めたらいいのですかという」質問に次のように答えました

マハラジ「“私はある”という想念以外の全て想念を拒絶しなさい。はじめのうち、マインドは抵抗するだろう。しかし忍耐と根気をもってすれば、それは降伏し、静かになるだろう。ひとたびあなたが静かになれば、あなたからの干渉なしに、物事は自発的に全く自然に動きはじめる。」


“私はある”という状況にとどまる一番の方法は、過去や未来に想念を展開せず、起こっていることをそのまま受け止めるということだと思います

ネガティブな感情の受け止め方はこのブログでも何度かお話したことがあります

ではポジティブな出来事はどうでしょうか?

実はポジティブな反応に対しては、多くの人が極めて上手に対応できているということがわかります

何かうれしいことがあった場合は、その表現方法は別としても、素直に喜びます

出来事が起こった瞬間に、何でこんなポジティブなことが起こったのかと過去に原因を探しまくる人もあまりいないと思いますし、未来に何か違うことを起こそうともしません

ポジティブな出来事に対しての受け止め方は、多くの場合非常に正しいものです
逆説的ですが、だから長続きしないのです
きちんと受け止めてきちんと、卒業するからです

ネガティブな出来事においても同じように対応できれば、その経験も早く過ぎ去っていきます

小さなころを思い出すと、うれしいことも悲しいことも、その場で素直に表現していましたね

大きくなるにしたがって悲しいことを表現することがあまりいいこととされなくなってしまいます






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新・引き寄せの法則 -段階の違い(その1)-

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おはようございます
今日もここに来ていただきありがとうございます

引き寄せですが、見る視点によって、うまくいっているか、そうではないかという判断が違ってきます

小我から見れば、いい結果が引き寄せられたり、引き寄せられなかったりします
しかし、大我から見れば、いつも予定通りということもいえます

捕らえ方によって見方が違うということが、引き寄せを考える上で難しい点です

また、人生の段階によっても違ってきます
大きく分けると
1)自我を形成している段階
2)小我にはとどまっているけれど、自我の解体段階
3)大我の視点に気づき、自我の解体、真我への一体化を進めている段階
(自我の形成と解体については、「親が子に伝えられること」「宇宙への回帰」のところで少し触れました)

第一段階にいる人は、”鉄は熱いうちに打て”の段階です
あまりスピリチュアルなテーマには興味を示さないかもしれません
また、世の中にあふれている成功の法則が十分機能する段階です
もちろんうまくいかないこともありますが、自我の形成という点では確実に、成長していきます

第二段階にある人は、何かの理由で人生が”以前より”うまくいかないと感じています
昔より勢いがなくなった、興味が薄れた、問題が解決しなくなった、ほしいものが得られない、etc
この段階は気づきを促される段階です
浄化が必要なのかもしれませんし
今の目標が低次元で小さいことから来るのかもしれません
次元のシフトアップが必要な段階ですが
それでも、引き寄せという方法を使って、魂の進化を進めるのがいいのではないかと思います
小我にもよし、大我にもよしというやり方です
「目の前にぶら下がったにんじんを見つめながら、太陽に向かう」「利己主義と利他主義を合致させる」という感じです

第三段階にある人は、引き寄せの法則には興味がありません
引き寄せはあるともいえるし、ないともいえると思っています
小我から見れば引き寄せていると思うし、大我から見れば予定通りと思えるからです
小我と大我がシンクロしはじめるので、あまり違いがありません
また、起こったことに抵抗しませんので、幸せは大きくなります

(小我からの視点ですが)瞑想をしたり、内観をすることで、第二、三段階は加速させることが出来ます


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