生きている意味があるのか(その3)

昨日に続きマハラジの言葉です

   何であれ、あなたが着手した仕事を完成させなさい

   状況が明らかに苦しみと苦しみからの救済を求める限りは、新しい仕事に手を付けてはならない

   まず、あなた自身を見出しなさい

   そうすれば限りない祝福が続くだろう


誰しも耐えられないことがあると、その場から逃げだします

それでも、問題は追いかけてきて形を変えてやってきます

なぜなら、変えなければならない外側の世界ではなく、自分の執着だからです

その執着がなくなるまで出来事は起こってきます


誰でも大事にしている観念があります

「立ち向かう」「強いリーダー」「寝きごとを言わない」「誰にでも優しい」「いつもにこにこしている」

こんな強い観念を手放すのは簡単ではありません

手放すと自分自身が崩壊してしまうと思えるような自画像

実は、そんな中に多くの問題の種が宿っています


そんな、自分のセールスポイントと苦悩は背中わせになっています

ですからなかなか手放さないのです

苦しければいろいろな人に助けてもらっていいのです


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生きている意味があるのか(その2)

昨日に関連してマハラジからの引用です

    あなたは真我を知る瞬間、何も恐れなくなる

    死は自由と力を与える

    世界から自由となるためには

    世界に対して死ななければならない

    そうすれば宇宙はあなた自身のものとなる

悲しい出来事、つらい出来事は、あなたの意思によったものではありません

あなたのエゴを一つ一つ殺して行くための天の計らいだったのです

あなたを執着から自由にするための

その計らいを信じてみましょう、そしてゆだねてみましょう


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科学は人を幸せにはしたか?

科学は生活を便利にしましたが、人を幸せにすることは出来ませんでした

科学というのは分析であり、原因を結果の因果関係を明確にしていて、システムを構築して行くことです(足し算の法則)


しかし一方で、幸せになる道は、因果関係を捨ててその状況と一致することです(引き算の法則)

原因を結果の因果関係を明確にしていてくやり方は、不幸を納得することになっても、不幸から抜け出すことにはなりません

なぜなら、解決策は同じ次元には存在していないからです

因果関係を乗り越えたところにあるのです


科学と精神という点において、われわれはまったくの両極端の中にいます

なんてやりがいのある魂の学びの役目を背負って生まれてきたのでしょうか?



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急ぐ者は遅れる者

らせん階段を登る人を真上から見ると、ただぐるぐると同じところを回っているだけですが

横から見るとジグザグに上に登っています

見方を変えると動きの意味が変わってきますね


宇宙理論では、まっすぐ、まっすぐ前に進んで行くと、元いた場所の後ろから現れるといいます

あわててあわてて前に進んだつもりが、良く見るとゆっくり進んでいた人の後ろに出てくる

良くありそうな話ですね

急ぐ者は、遅れる者ということです

私はこの言葉には耳が痛いです

とてもせっかちなので、急ぐことで帰って遠回りをしなければならないことが何度もありました

なぜせっかちになったのかはよくわかりません

出来ることはそれを素直に認めることだけです


3次元の世界ではすべてがバランスします

急ぐ者は遅れる者

怒る者は怒られる者

意地悪する者は意地悪される者

泣かす者は泣かされる者

許す者は許される者

喜ぶ者は喜ばれる者

愛する者は愛される者

捧げる者は捧げられる者


3次元ではさまざまなものがバランスしながら噛み合っており、高次のレベルから見れば、いつも完璧だ、ということになるのですね


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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(その2)

空也上人の「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉を昨日紹介いたしました

悟りを開いた人、もしくは道をを極めた人というのは社会の一般常識になっているるルールとは反対のことを言っているのが多い思います

一般的な”成功するための”社会常識は、目標を持って、計画をたてて、計画に沿って努力して、我慢して、上の言うことには従って、今日よりも明日のことを考えて

我々が一律に教えられる成功のルールは、自分をがんじがらめにするようなルールがほとんどです

これは、個人よりも社会にとって都合のいい考え方だということに気づく必要があります

それは、社会にとって都合のいいことが、個人個人にとっていいことだと、すり替えられてマインドにすり込まれていますから簡単には抜けません


しかし、ここで大事なのは、個人の覚醒を目指して、そんな社会と戦うということではありません

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」というような、社会のルールを飛び越えるような経験が出来たときに、気づきが起がおこり、

(そしてもっと大事なのは)、気づきが起こった時に、その問題だった社会が消えるということです


人生はパラドックスになっているからです

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