探求の終わり

モミュメントバレー
(かなり昇ってきたモミュメントバレーの朝日)

スカイダイビング
(ダイブ前。ハッチを開けたまま高度を上げていく飛行機。真横に座っていた人は落ちそうで怖かったと思う。(私は映っていません))

Columbia
(この風景今も昔も何一つ変わっていない。でも20年前を毎日ここを通っていたとは思えない自分の変わりようだ(笑))

アメリカ旅行から帰ってきてすでに2週間ほど経過してしまいました

旅行は無事終了し、そして楽しかった

しかし一方で、全ては知っている感覚(楽しい、驚く、疲れる、不快、喜ぶ、etc)でもありました

潜在意識にとってはすべては新しい体験でしたが、それがどういうことかはマインドにはわかりません


一番大きな変化は、旅の途中で、精神世界の探求が終わってしまったことです

探求という収縮したエネルギーから解放されてしまいました

また探求が起こるかもしれませんが、といまのところその兆候は見当たりません


よく言われる「探していたものはここにあった」という感覚ではなく

「探していたものはどこにもなかった」もしくは「探すということ自体が、偽りの存在を出発点にしている」という感覚です

探す作業が、探しているものを隠し続ける

そして、「畏敬の念をもって捉えていた、”神”、”存在”といわれるものが、ただただ今目の前に存在するすべて(たとえそれが好きなものであっても、嫌いなものであっても)」という感です

探求が終わってしまったので、このブログのTwo Hat編も意外に早く一区切りです



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ニューヨーク

NY


ニューヨークに移動しました

20年前に住んでいた街ですが、ソーホー、チェルシー、トライベッカなど変化の激しい地域を除けば変わっていない感じです

一番大きく変わったのは物価ですね

旅行者にとっての物価は2、3倍になった感じがします


マンハッタンはゴミゴミしていますが、どこかに自分の居場所が見つけられるところで、不思議と落ち着きます

マンハッタンという土地も、ここに居る人も、エネルギーに溢れています

ニューヨークという街には本当に人を引きつけるものがあります

何か押し上げられるようなエネルギーがあって

ここで瞑想すると地球の丸さを感じます


セドナのボルテックス

エアポートメサ


写真はからの眺望です

カテドラルロック、ベルロック、エアポートメサなどのボルテックスで瞑想してきました

そんなに大きな違いはないかなと思いましたが結構いい瞑想ができました

土地のエネルギー侮れず、です

その土地その土地と一体感を感じることは素晴らしいなと思います

また、セドナでは、雷雨や雹なども降ってきましたが、すぐに青空に戻り、むしろ暑さしのぎの雨も楽しめました

赤ん坊の機嫌のような天候もまた良しです


日常生活を離れ旅をしていると、目の前のことだけに集中できます

その意味では旅自体が瞑想のようなものだなと思います


そう思うと、人生という幻想も大きな旅ですから、確かに「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人なり」「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」だなと思います


どんな人生を送っても死ぬときは、その夢の跡にホッとしながら消えていけると確信します


カテドラルロック

9年ぶりのセドナです

写真はカテドラルロックカテドラルロック


9年前にカテドラルロックに行こうとしてクリークリバー沿いを歩いて行きましたが、途中スコールのような雨が降ってきたので引き返しました

今回はクリークリバーに出ようとしたところ、カテドラルロックに出てしまいました


セドナは町全体が赤土、緑、青空のコントラストが綺麗なところです

雑念が湧いてこない静けさがあります

エネルギーをビリビリ感じるというより、皮膚から入ってくるような感じがします

モニュメントバレー

モニュメント

十数年以上前に訪れたモニュメントバレー

たまたま朝日を見ることができました

iPadでは画像がうまく貼れなかったのでリンクでつないでみました

朝日のエネルギーをご覧になれるでしょうか?


変わらない景色と

変わった景色と

以前とは違って見える景色がありました

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